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バックナンバー:2014年11月26日 配信号 収録

photography 東京のマルコビッチの穴


不思議な写真を見た。

息づまる、というより、ほんとうに息が詰まるような狭苦しい空間が、ずっと先まで伸びていて、それはどこに続くのか、それともどこにも着かないのか・・・。見るものすべてを閉所恐怖症に追い込むような、それでいて難解なSF映画のように異様な美しさが滲み出るそれは、ビルの内部を走るダクトの内部を撮影したものだという。

木原悠介は1977(昭和52)年生まれ、36歳の新しい写真家だ。中野区新井薬師の、潰れた写真屋を改造した「スタジオ35分」という小さなギャラリーで、今年8月末から9月初めの9日間だけ開かれた『DUST FOCUS』が、人生初めての個展だった(http://35fn.com/x/z.html)。




DTPショップの面影を残した「スタジオ35分」。隣にはバーも併設(ラーメン屋を改装したそう)








展示風景、これも壁を這うダクトのような・・・

学生時代、それから卒業後のかなり長い期間、木原さんはダクト清掃の仕事に従事していた。ダクトとは、換気扇と建物外部の排気口をつなぐ、排気のためのトンネル。オフィスビル、デパート、駅ビル、工場・・・どんな建物にもダクトはあって、それはふだん僕らの目には見えない、建築物の血管のような存在だ。そして血管が詰まれば病気になって死に至るように、ダクトも定期的に清掃しないと、さまざまなトラブルが建物を襲う。空気の汚れ、空調の非効率化、油によるダクト火災まで。


建物が使われない時間、つまり夜中に、四つん這いになって狭いトンネルを這いずり回りながら、あらゆる種類の汚れを清掃していく、それはとてつもなくハードな仕事で、しかも決して表に出ることのない、都市の陰にうごめく世界だ。

作業着とヘルメットと防塵マスクに身を固め、ダクトのなかで汗にまみれながら、使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム)で撮影されたのが、このシリーズ『DUST FOCUS』である。


ほとんど報道されることなく終了してしまった展覧会のあと、写真集が出ることも、カメラ雑誌で特集されることもないまま、木原さんの作品を見る機会はほとんどないままだ。

メトロポリスの皮膚の奥を走る、果てしない迷路のような、東京のマルコビッチの穴・・・。貴重な展覧会を見逃した多くの方々のために、今週のロードサイダーズ・ウィークリーでは『DUST FOCUS』のミニ誌上展をお送りする。東京郊外の隠れなごみスポット・綱島温泉で、仕事帰りの木原さんと、缶ビールをぐびぐびしながら話してもらったインタビューとともにご覧いただきたい!


清掃作業中の木原悠介

生まれは広島市なんですけど、うちは転勤が多くて、小学校の途中から神奈川県に来たんです。それで「カメラマンになったら楽しそう」くらいの軽い気持ちで、東京写大に進学しました。卒業後は編プロに勤めたけど、1ヶ月で退職。スタジオも半年で退職とか、すぐ辞めちゃう(笑)。けっきょく友だちからの仕事とか、広島でお好み焼き屋を手伝ったりもしたし、いまは友だちの家業の印刷屋で働いてます。ここは居心地いいですね~。


ダクト清掃はもともと学生のころやってたバイトで、24くらいになって「また働かせて」って、戻ったんです。そのあとは10年間ほど、けっこうフルタイムでやってました。

ダクト清掃って、基本、夜中の仕事なんですよね。オフィスビルとか、商業施設だから。夜の10時、11時から、だいたい朝4時、5時まで。

それでまず汚いし、ものすごくからだに悪い! アスベストもいっぱい吸ってるだろうし、油、ホコリ、ネズミの糞・・・。汚れもいろいろあるんです。たとえば駅ビルの便所の空調とかだと、男子便所より女子便所のほうがずっと汚い。化粧のパウダーとか使ってるから。飲食店も、イタリアンと中華では油がちがうし。そういうところではダクト火災を防ぐのに、油の清掃が絶対必要ですし。


いままで経験したいちばん狭いダクトなんて、25センチx35センチしかないですから。もともと引っかかったりしないように、作業着のひらひらしたところは全部ガムテープで留めるんですけど、それだけ狭いと、靴すら脱がないと入れない。それで腕を伸ばしながら、きつきつのダクトを前進するわけです。で、途中で作業灯が切れちゃって、真っ暗になったりとか・・・閉所恐怖症のひとには無理な仕事でしょう。

作業のときは前後で、報告のための写真を撮るんです。それがきっかけで、なんかおもしろいなって思うようになって、仕事を始めて3~4年たったころから、「写ルンです」で自分の撮影を始めました。ダクトだから、パースがきっちり効いてるのがいいなって。「写ルンです」にしたのは、普通のデジカメだと、油やホコリですぐにダメになっちゃうんで。ちなみに照明は写ルンですのストロボ一発です。できるだけ作業灯(普通の白熱灯)のオレンジ色がカブらないよう、股に挟んだり、足下に置いて撮ったりもしてます。


撮影は5~6年やってましたけど、友達のジンにちょっと載せたぐらいで、ちゃんと見せたのはこないだの展覧会が初めて。人生初個展でしたし。

中野の「スタジオ35分」は、もともと「35MINUTESMEN」っていう、毎月3日間だけのグループ展というのをやっていて、そこに遊びに行ってたんですね。それがきっかけ。それまでめちゃ狭いアパートに住んでたんですが、今年に入って少し広い部屋に引っ越して、そしたら暗室も持てそうだと思って、カラー現像のプロセッサーを借りたんです。それでやってみたらおもしろくて、展覧会につながりました。


木原さんによれば、デジカメが壊れてしまうほどの厳しい環境でのダクト撮影は、いまから2年ほど前に終了。いまはなに撮ってるんですかと尋ねたら、「印刷屋で働いてるんで、仕事しながらインキの写真を携帯で撮ってます」とのこと。スマホで撮った画像を見せてもらったら、それもまた不思議に抽象的な美しいフォルムだった。展覧会が待ち遠しい!


[DUST FOCUS 誌上展覧会]













































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ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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