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ボリューム感満載のROADSIDERS' weeklyを是非お楽しみください!

2013/10/02号 Vol.085

ロードサイダーズ・ウィークリー085号をお届けします。
今週はアートとスナックで、期せずして九州特集! インタビューで登場するアーティストは、ふたりともアマチュア! 年齢は101歳と10歳! 九州のアートシーンっていったい・・・恐るべし過ぎます。
さらにKEITATA氏による人気の新連載も、今回は渾身の「寝てる人」スペシャル! 総画像点数も300点近く! もう、メガ盛りすぎます。1週間、じっくりお楽しみください。


art 百年の孤独
 ――101歳の現役アマチュア画家・江上茂雄の画業

art 天使の誘惑
 ――10歳の似顔絵師・モンド画伯の冒険

travel スナックショット 31 宮崎(平田順一)

photography 隙ある風景 ロードサイダーズ・リミックス 03
寝てる人 初秋編(ケイタタ)

music ROADSIDE RADIO:コージー大内&W.C.カラス

告知1

紀伊國屋scripta 書評連載:すすきの風俗編・上下

告知2

会津若松でヒップホップ・トーク、今週日曜!

告知3

「死刑囚の絵展」2013、来週土曜日!

告知4

「ジャカルタ・パンク」映画上映/版画展/ライブ決定!


art 百年の孤独
 ――101歳の現役アマチュア画家・江上茂雄の画業


「べにいろの雲」1964年前後、クレヨン

その名前も知らなければ、作品も知らない。でも、たまたま見た一枚の作品写真が妙に気になって、頭の隅にこびりついて、そのもやもやがだんだん大きくなって、どうしようもなくなる――そういう出会いが、ときどきある。だれかがネットに上げた江上茂雄さんの絵が、僕にとって久しぶりのそんなもやもやだった。

江上茂雄さんは熊本県荒尾市に住む、なんと101歳の現役画家、それもアマチュア画家だ。荒尾に隣接する大牟田市と、田川市で小さな展覧会が開かれていて、さらに10月からは福岡県立美術館で、アマチュア画家には異例の大規模な個展が開かれるという。


「雪降る」1960年前後、クレパス

なんだか気になって検索してみると、その日の夜に福岡の小さなアートスペースで、江上茂雄さんの息子さんふたりによるトークイベントがあると知り、あわてて羽田に向かった。浜松町からモノレールに乗っているあいだに携帯で飛行機の座席を予約し、ネットを見た3時間後には福岡のアートスペース・テトラという場所の、固い椅子に座っていた。

その場で建築家の長男・徹さんと画家の次男・計太さんにご挨拶し、同じテトラで2010年に開かれた、福岡での初めての江上茂雄展でその存在を知り、展覧会を企画した学芸員の竹口浩司さんと相談し、それから2週間後の先週には、もういちど福岡に飛んで、江上茂雄さんの荒尾のご自宅を訪ねることができた。いまこうして思い返してみると、なにか大きな力が僕を引っ張りまわして、この記事を作らせてくれた気がする。


江上茂雄さん、現在101歳

2010年の福岡展にあわせて、私家版として発行された(300部)『江上茂雄作品集』の冒頭に掲げられた序文で、江上さんはこんなふうに書いている(抜粋)――

私の絵暦

母はある店先に入った。背中にくくりつけられていた私は店先の飾棚の絵を見た。それはミレーの「晩鐘」だった。これが私と絵との初めての出会いだった。

学童の図画教程はいわゆる写生の時代。写生といっても、目の前の物をよく見てしっかりその生命感を写しとるという、物のリアルから心のワビサビまでの厳しい長い道だった。ぼんやり者の私もその写生から始まった。

母子家庭で昭和二年高等小学校卒業後、三井三池鉱業建築課就職、昭和四七年退職までの四五年間が私の日曜画家の時代だった。実生活者としては私一人の給料で七人家族を養った。

その後、退職から今日までの三八年間は「路傍の画家」と言われた。昭和五四年病気入院二ヵ月、退院後、本格的に水彩に変わる。




「壁の朝」1997年6月、水彩

水彩風景画は現地写生で一年三六五日、一日一枚(四つ切)、一月一日と台風の日以外無休で雨の日も描いた。

他との関係は一切なく、一人で描き、発表は個展だけ。静物も描いたが主として風景を、その風景も生まれ育ち、住み、生きた筑後、大牟田、荒尾の風景だけを描いた。


「本村の小道」1994年12月、水彩

私も日本人のはしくれ、「枯れる」というように終わりたいが、シメリケの多い私ですから「萎れる」というぐらいがおちだ。


隣の大牟田とともに、三井三池炭鉱の町としてかつては栄え、いまは大牟田と同じように静かに寂れている荒尾の、小高い丘の上に江上さんのお宅はあった。同じような一戸建てが並ぶなかで、息子の徹さんが設計したという江上さんの家は、屋根から伸びたアトリエの明かり取りが少しだけ目立っていた。


尖ったアトリエの明かり取りが印象的な家

「もうこんな歳ですから夏冬が、特に冬の寒さがこたえますねえ」と言いながら、101歳のいまでも毎日、午前と午後の2時間ほどを木版画の制作にあてている江上さん。家族が育ち、巣立っていったこの家で、いまもひとりで暮らし、絵を描く日々を過ごしている。


「万田山 ふもと」1983年7月、水彩

江上茂雄さんは明治45(1912)年、大牟田に隣接する山門郡(現・みやま市)に生まれた。「おまえは紙と鉛筆をやっておけばおとなしかった」と母・アキノさんに言われていたそうだが、12歳で父の茂三郎さんを失い母子家庭で育った茂雄さんにとって、お母さんの存在はそれからもかけがえなく大きなものだった。後年、定年退職と同時に第1回個展を大牟田のデパートで開催したのも、「なんとかお母さんが元気なうちに見せてやりたかったから」という。


居間にはお母さん奥さんの写真が並べて掲げられている


「母の赤きタンス 2」1932年前後、水彩

ちなみに1912年生まれというのがどんな年代かというと、サルヴァドール・ダリの8歳年下、フランシス・ベーコンの3歳年下、ウォーホルの16歳年上! ということになる。


アトリエの窓際には絵を描く場所が

江上さんが初めて絵の才能を認められたのは大正12(1923)年、11歳のときだった。新設された大牟田市内の小学校に転校した際に、新任の美術教師から絵を褒められ、目をかけられるようになったのがその始まり。当時は鉛筆、色鉛筆、クレヨンが主な画材だった(そのあと愛用するクレパスをサクラクレパスが開発・発売するのは1925年のこと)。


「習作」1927年前後、水彩


「いとこの家の庭」1931年前後、水彩

前述したように12歳で父をなくし、13歳で現在の中学にあたる高等小学校に入学するが、15歳で卒業するとすぐに三井三池鉱業所に入社。建築課で働きながら、日曜画家として絵を描く生活が始まった。

そのころはなんといっても石炭増産の時代でしたから、炭鉱も活気がありました。ただ自分がいたのは建築設計課というところで、ほとんどは大学出の建築士さんですが、私は学歴がないので、仕事は建物の整理でした。ひとつひとつの建物が図面どおりに建てられているか調べたり、使われ方を記録したり。建物ひとつずつに1枚のカードを作って、管理する仕事ですね。部下もいない、三井三池でたったひとりの、特殊な仕事でした。ま、おもしろくはないから(笑)、人気はなかったんですが、ひとりでできたので、私には向いてたんですね。会社を出たら、あとは自分の時間になれましたし。

そういえばちょうど就職したころですから、15~16歳のときに初めてピカソやブラックを見て、子供ごころにショックを受けて、いっとき描けなくなったことがありました。それまでは写生しておればいいということだったのが、キュビズムとかを知りまして。

それから戦争が始まって、終戦直後までは画材もないし、絵を描くどころじゃなかったです。それが昭和24年ごろから日本の国や、画壇がだんだん復興してくるのにあわせたように、自分でも「もういちどやるんだ」という気になっていきました。


「黄耀」1964年前後、クレパス


「海のくもり日II」1960年前後、クレヨン


「公園の夏」1971年、クレパス


「石の朝」1964年前後、クレヨン


「赤の玩具」1968年頃、クレヨン

けっきょく私がこんなふうに絵を描いてきたのは、まず貧乏だったことがあります。小遣い銭もないから油絵の具のような高価な画材を使えなくて、それでクレヨンやクレパスや色鉛筆を使わざるを得なかった。絵の先生につくこともできなかった。自分の稼ぎだけで7人家族を養わなくてはならなかったし。だから美術雑誌を購読するぐらいが、唯一の贅沢でした。


昭和13年(26歳)から43年(56歳)ごろまで続けられた、鉛筆と水彩による植物細密素描『私の鎮魂花譜』より 1938~1968年頃、鉛筆・水彩

そして学歴がなかったことと、酒が飲めなかったこと。それで普通の人付き合いができなかったんです。遊びごとができない。それが、「オレひとりでやっていくんだ」という気持ちになったんでしょうねえ。なので退職してから大牟田のデパートでは何度か展覧会を開きましたが、公募展とか市の文化祭とか、そういう機会にはいっさい出品しないできました。ぜんぶひとりでやると決めてたから。人間ぎらいなのかもしれないです・・・(笑)。


路傍の画家として、町の人々にはおなじみの存在となっていった

昭和47(1972)年に定年退職すると、「それまで住んでた社宅を出なくちゃならないので」、翌年に荒尾に新居を建てて転居。それまでの「日曜画家」時代から、現場写生の「路傍の画家」時代が始まった。ご本人の言葉どおり、元旦と台風の日をのぞいた毎日、自宅から1~2時間歩いた場所で、水彩画を1枚仕上げて帰ってくる。平成21(2009)年に体力の衰えから、屋外での水彩画制作をやめるまで、およそ40年間の制作の日々で、水彩画だけでも約1万枚が手元に残っているという。


アトリエにはスケッチの場所や内容ごとに分かれた作品収納棚が。いまは展覧会に貸し出されているために空きが目立つが、ふだんはぎっしり作品が詰まっている

それまではクレヨン、クレパスをおもに使ってたんですが、脳血栓で入院してから(1979年、67歳)、水彩に切り替えました。クレヨンやクレパスは、力がいるんです。滑べらせるだけじゃあ線はつくけれど、色はつかないから。水彩は力がいらないからね。

いまはもうなかなか外にも出れないですから、家で木版をやってます。むかし水彩で描いた風景を、木版にする。それなら家でできますから。

でも私の木版はダメなんです。本来、木版向きの人間じゃない。木版というのは単純化していく作業なんですが、私はむしろ増やしちゃうんです。だから木版らしくない。でも、家の中では木版ぐらいしかできないので。


アトリエで版画を見せてくれた


彫刻刀やバレンなど、版画の道具を収めた箱






『私の筑後路』より、1973年以降、木版画

11歳のころから数えれば90年(!)にわたる画業のなかで、江上さんはほとんど身近な風景ばかりを描いてきた。

たまに描けなくなって、伊豆の踊子みたいに会社の休みを使って三隅半島を巡り歩いたりもしましたが、うまくいきませんでした。このあたりの画家はよく阿蘇山を描いたりもしますが、それも一枚もない。私は大牟田と荒尾だけ、それでもう百年です(笑)。


「暮れ時の堤防」1966年頃、クレヨン

自然や風景が多いのは・・・自然はつねに優しいから。貧乏人にも金持ちにも、同じ顔を見せてくれる。でも人間には差別がありますでしょ。あんまりそんなこと言うもんじゃないでしょうが・・・それで風景の中にのめりこんだんですね。街を描くのでもゴミ捨て場とか、古ドラム缶のある風景とか、洗濯物が干してある風景とか、ちょっと変わった場所が多くて。やっぱり自分が貧しい環境で育ったことから、華々しい美しさよりも、少し沈んだもののほうに惹かれてしまうんですね。


「くもり日の干しもの」1972年前後、クレヨン


「さんま」1969年頃、クレパス


「しぐるる日」1970年前後、クレヨン・クレパス


「線路敷の夕暮れ」1950年前後、クレパス


「角のタバコ屋」2007年12月、水彩


「県道の朝」200年2月


「師走の屋並」2008年12月、水彩

作品を見ればわかるように、江上茂雄さんの絵は年代によって画風を少しずつ変化させながらも、ある意味で絵画の王道を歩んできた。けっしてアウトサイダー・アートではない。絵の先生もいなければ、高級な画材も使えないという厳しい環境の中で、東京から送られてくる美術雑誌などで学ぶ美術界の動向を貪欲に吸収し、自分なりに消化して作品に仕上げてきた。退職後のわずかな個展の機会を除けば、だれに見せようとも、だれの評価も受けようともしないまま。




アトリエの書棚にはボロボロになるまで読み込まれた画集や美術雑誌のコレクションが並んでいた


「夕立の後」1962年頃、クレパス


「落陽の刻」1950年前後、クレパス


昭和34年(47歳)から47年(60歳)ごろまで続けられた、実験的なシリーズ『私の手と心の抄』より、1960年代、クレパス・水彩


『私の手と心の抄』より、1960年代、水彩・クレパス・墨汁


『私の手と心の抄』より、1960年代、水彩・色鉛筆

これだけ年齢を重ねて、子どもたちはもちろん一緒に暮らそうと誘うのだが、「絵を描くにはひとりがいいから、ちょっと待っててくれと言ってるうちに、こんな歳になってしまいました」と笑う、執念とも呼びたい絵にかける思いの強度。

もう眼も、手足もよく動かなくなったけど、それでも毎日、絵をやってないと寂しい、情けない気持ちになって、落ち込むんです。絵を描いておれば飽きることがないし。それで毎日、これが最後の作品になるかもしれないと思いながら、つくってるんです。


緑豊かな庭に面した一角で


「たまに買い物に行きますと、なかなか細かいお金を探せないものだから、つい札を出してしまって、細かいお釣りが溜まっちゃうんです」


「夏の終わり」2002年9月


「夏木立」2002年7月、水彩

60歳で得た画友に向けた手紙が、作品集の巻末に掲載されていた。その抜粋を最後に読んでほしい。3年前、98歳で書かれた一文だ――。

毎晩二四時にスイッチを押すだけに炊飯の
用意をして寝につきますが、あしたの朝が
キット来ると思っているのでしょうか?
午前中二時間、午後も二時間位、ゲンミツな
言葉では外に出ないのですから、「路傍の画家」
とは言えませんが、延長の「木版」をやっています。
これも「サーひと仕事終わった」たった一つの楽しみ
コーヒーを飲む「コージツ」かもしれません。
くたびれてチョッと横になると眠っています。
ほんの二、三分かと思いますが。


「切り通し 六月」2005年6月、水彩


「倉掛 七月」1994年7月、水彩


「炭坑線のみえる風景」1991年5月、水彩

これまでたくさんの取材を通して、たくさんのお年寄りと出会ってきた。ものすごいお金持ちもいれば、ものすごい貧乏人もいた。見るからにハッピーなひとも、哀しいひともいた。そうして思い至ったのは、前にも書いたかもしれないが、人生の「勝ち組」と「負け組」というのはけっきょく、財産でも名声でもなんでもない、死ぬ5秒前に「あ~、おもしろかった」と言えるかどうかだという、単純な真実だった。どんなにカネや部下や大家族や奴隷に囲まれても、「ほんとは音楽やりたかったのに」とか「絵を描いてたかった」とか、最後の瞬間に頭に浮かんでしまったら、それは「負けの人生」だ。

僕らはいつも美術館に、「いい作品」を見に行く。でも今回は、そうでなくてもいい。そこにあるのは、もちろんいい作品でもあるけれど、それ以上に静かに輝く「いい人生」なのだから。


「枯野」1983年2月、水彩

福岡県立美術館の江上茂雄展は10月5日から。同時開催のうち、田川市立美術館での展示はすでに終了してしまったが、大牟田市での展覧会は12月初めまで開催中。このメルマガでも過去に何度か取り上げた大牟田の街を、江上さんの描いた風景を眺めたあとで歩き直すのも楽しそうだ。


『江上茂雄 風ノ影、絵ノ奥ノ光』
@福岡県立美術館
10月5日~11月10日
http://fukuoka-kenbi.jp/

<同時開催:『江上茂雄の世界~ふるさと大牟田の情景~』
@大牟田市立三池カルタ・歴史資料館
10月1日~12月8日
http://xn--lckxb0hrc887rrohu16b2sb.com/

[大牟田まで行ったら、足を伸ばしてこちらも――塔本シスコ展@宇城市不知火美術館]


展示されている中でもっとも初期、1967年につくられた『夕食後』、板に油彩

この秋、九州では注目の展覧会が重なっている。江上茂雄展に行く機会に、もう少しだけ時間を取って、ほかの展覧会も巡れたら、さらに充実の旅になるはずだ。

たとえば同じ福岡の福岡市美術館では、2010年からヨーロッパを巡回してきた『アール・ブリュット・ジャポネ展』が10月1日から開催中。すでにご存じの方もいらっしゃるだろうが、これは日本のアウトサイダー・アートを包括的に眺める、もっとも規模の大きなコレクションのひとつ。世界的にもこの展覧会で、日本のアウトサイダー・アートは決定的な評価を確立したといえる、非常に重要なグループ展だ。

福岡県美から大牟田のカルタ・歴史資料館に回る余力があれば、すぐその先の熊本では、熊本市現代美術館で『熱々! 東南アジアの現代美術』という8カ国、25組の作家を集めた展覧会が10月5日からスタートするし、アウトサイダー・アート・ファンなら見逃せないのが、熊本市からさらに南下した宇城市の不知火美術館で始まったばかりの『塔本シスコ展』だ。

町村合併で2005年に誕生したばかりの宇城市は、八代海に面した人口6万人ほどの小さな市。町の「文化プラザ」の一角、図書館を兼ねた建物に入る不知火美術館は、県外の美術ファンにはまだほとんど知られていないかもしれないが、生誕100年を記念して開催中の塔本シスコ展は、この2月に大阪枚方市のくずはアートギャラリーで開かれた個展に続く、大規模な展覧会になる。


図書館と美術館を兼ねた建物にある宇城市不知火美術館


広々とした空間にすっきりした展示壁

1913(大正2)年というから、江上茂雄さんの1年後に、塔本シスコは美術館のすぐ南の村落・現在の宇城市松橋町に生まれた。シスコという名前は、お父さんが憧れていたサンフランシスコから取ったのだという。

結婚し、ふたりの子供を産み育て、53歳になったころに彼女は絵を描き始めた。画家になっていた息子の賢一さんが実家に置いてあった画材を使い、残してあった絵の、絵の具を出刃包丁で削り落として、その上に自分で描いたのが始まりだったという。


『私が愛する生き物達』キャンバスに油彩、1969
大切に育てた琉金やらんちゅうとサボテンの花々。息子の作品を包丁でそぎ落とし、描いたもの

実家に帰省して自分の絵がなくなっているのに絶句、しかしまったく独学で描かれた母の作品の素晴らしさに感動した息子は、シスコさんを熱心にサポートするようになり、それからの彼女はあふれる創作意欲に導かれるまま、大量の作品を生み出していった。

57歳で賢一さんの住む大阪に転居し、お嫁さんも画家だったことから、家族展、母子展、嫁姑展など発表の機会も増え、79歳で初の画集を発表。認知症と闘いながら、2005年に92歳で逝去するまで、旺盛な制作欲は衰えることがなかった。



ダンボールや板に描かれた大作や、立体もたくさん並んでいた。壁にあるのは90x180センチのダンボール3枚を並べた油彩の大作『ネコ岳ミヤマキリシマ』1989


ひとつのテーマが好きになると、執拗にそのテーマを繰り返していた。一時期凝った丸山明宏が大量に展示


色鉛筆やクレヨンの作品が見られるのもうれしい


1995年、82歳で描かれた、たぶん70年以上前の情景

これまでもアウトサイダー・アートのグループ展にはずいぶん出品されてきたが、今回の個展では50歳代の初期から92歳の最晩年まで、50点あまりの作品が出展される。日本のアンリ・ルソーでもあり、グランマ・モーゼスでもあり、なにより観るものの気持ちを幸福感で満たすことについては、数あるアウトサイダー・アーティストのうちでも格別な資質を持つ彼女の作品を、これだけまとまって鑑賞できる機会はなかなかない。


(左)『ギターヲヒク研作君』板に油彩、1999
(右)『5才のシスコを抱いている86才のシスコ』板に油彩、1999




(左)『90才のプレゼント』キャンバスに油彩、2003
90歳の誕生日に孫からもらったカサブランカの花束を描いた。すでに車椅子制作だったが、100号のキャンバスに向かうため、気力で立ち上がったという
(右)『丸山明宏』ダンボールに油彩、2002


『雲の鳥』キャンバスに油彩、2001


『アロエの花は冬に咲きます』キャンバスに油彩、1995


『造幣局の桜』キャンバスに油彩、1987


『馬入れ川』キャンバスに油彩、2001

江上茂雄の同時代人でもあった塔本シスコ。百年前に生まれたふたりのアマチュア画家を同時に知ることのできる、この秋は僕らにとって特別な季節になるはずだ。


『シスコの月』ボール紙に油彩、2004
塔本シスコの絶筆となった、92歳の作品

『生誕100年 塔本シスコ展』
@宇城市不知火美術館
9月25日~11月4日
https://www.facebook.com/shiranuhibijutsukan

『アール・ブリュット・ジャポネ展』
@福岡市美術館
10月1日~11月24日
http://www.fukuoka-art-museum.jp/

『Welcome to the Jangle 熱々! 東南アジアの現代美術』
@熊本市現代美術館
10月5日~11月24日
http://www.camk.or.jp/


art 天使の誘惑
 ――10歳の似顔絵師・モンド画伯の冒険


クラフトワーク
「門土」の落款は、画伯の作品に感激したサイケデリック・ロックバンド「アシッド・マザーズ・テンプル」のリーダー河端さんが、わざわざ作って贈ってくれたもの

101歳のアマチュア画家・江上茂雄さんに荒尾でお会いした翌日、福岡市に戻ってもうひとり、ずっとお会いしたかったアマチュア画家にお目にかかることができた。モンド画伯・・・こちらは10歳のアーティストである。


パティ・スミス

モンド画伯――本名・奥村門土くん――は福岡の小学4年生、先月10歳になったばかりだ。


自画像

3人兄弟の長男である門土くんのお父さんは、福岡の音楽シーンでは知らぬもののないミュージシャンであり、イベントオーガナイザーでもある「ボギー」さん。公式サイトの自己紹介によれば――

福岡を拠点にお祭り生活をおくる日々。93年、親不孝通りの路上にてデビュー。94年、ライブハウス照和で歌い始める。96年、三味線や玩具太鼓を駆使したニューウェイブバンド「ひまわり」結成(01年解散)。96年に福岡にてヨコチンレーベル設立、主催イベント「ハイコレ」は97年から始め現在111回を数える長寿イベント。現在はトロピカル&ダンサブルなバンド「nontroppo」を活動のメインにしつつ、最近はルーツである弾き語りでのライブも増えている。2010年、自作の曲を108曲歌うという偉業を7時間半かけて達成(ギネス非公式記録)。名前の「ボギー」とはボーカル/ギターの略。

ということになる。


誕生日のボギー

小さいころから絵を描くのが好きで、「ポスターカラー、クレヨン、マジックなど、けっこう鮮やかな色彩の画材を好んで、3歳ぐらいから描いてましたねえ」とお父さん。ボギーさん自身、18歳ごろまでは漫画家を目指し、デザイン学校に進んだぐらいなので、絵ごころを受け継いだのだろうか。しかしお父さんは「デザイン学校で学んでも、あまり得るところがなかったですから」、門土くんにもああしろ、こう描けというような絵の指導は、一切していないという。




お父さんの魔窟(!)がモンド画伯のアトリエでもある


いちど描きはじめると、すごい集中力!


ジョンとヨーコ


キャプテン・ビーフハート

門土くんが6歳というから小学校に上がったころ、自分のイベントのフライヤーにイラストを描かせてみたらおもしろいかと思いついたボギーさんのアイデアが、「モンド画伯」誕生のきっかけだった。最初に描いたのは「ヒカシュー、お小遣い200円くれたんだよね!」 それからエンケンさん、三上寛など、ボギーさんがイベントに呼ぶゲストを次々に描くようになり、描かれたほうは全員大喜びとなる。そりゃそうだよなあ。


似顔絵を描かれるときの、画伯のつぶらな瞳にオトナたちはみんなやられてしまうらしい


小2で描いたデビュー作「ヒカシュー」


三上寛

去年からはボギーさんのイベントでも、会場の一角に「モンド画伯の似顔絵コーナー」を設置。毎回、数十人のお客さんに似顔絵を描いてあげるようになった。1枚(ひとり)に15~20分はかけるという丁寧な画風なので、イベントではいつも長い列ができてしまうという。


江頭2:50


壇蜜

福岡のシーンではそうやって知られるようになったモンド画伯だが、半年ぐらい前から『モンド今日の絵』と名づけたブログを開設。毎日1枚(!)、作品を発表するようになって、いきなり全国のスキモノたちに広まっていった。なんとも言えないサインペンのタッチ、なんとも言えないモデルのチョイス。そしてとりわけ、なんとも言えず効果的な空間(白場)の使い方と、画面構成力! それはもはや、10歳にして到達してしまった、コンテンポラリーな禅画の境地だ。


ダリ


マリリン・モンロー(着色はボギー)

モンド画伯によれば――

題材はだいたいお父さんが、自分の好きなのを選んで、それをパソコンで見ながら描くの。でもたまには、僕の好きなひとを描くこともあるよ。

だれ、たとえば?

えーっと、森進一(「おふくろさんを歌いきったときの顔です」――ボギーさん)とか、ブルース・リーとか。

お父さんによれば――

門土は意外と女性を描くのが苦手で、男の絵のほうが多いんですよね。女のひとを描いても、おっさんぽくなっちゃう(笑)。




灰野敬二

それで毎日1枚だから、「描いたらお小遣いやる」とか、「描いたらゲームやっていい」とか、ご褒美で釣って描かせることもあるんですが、やっぱり気持ちが乗ってる絵と、乗ってない絵がよくわかるんです。眠いときは塗りかたが雑だったり。でも、それがまたいい味というか、パンクな感じになってたりもするし。満足できないときは、次の日にもう一回描いたりもしてますよ。




浅川マキ

ふだんはサインペンが多いけれど、時間が取れる終末などは絵の具で彩色することもあるというモンド画伯。現在ではブログに加えて『NO!』という福岡の地元誌で、『モンド画伯の似顔絵講座』なる連載も展開中――「絵を描くのはいいけど、(読者が)送ってくる絵にコメントを書くのが大変なんだよね!」。そして最新情報としては、お父さんの「音楽人生20周年記念盤」となる新譜『アルコールメモリーズ』(10月1日発売)のジャケットに使用された大作を手がけてもいる。


描き上げるのに1週間かかったという大作

モンド画伯の作品はブログで見られるほか、絵葉書も販売中だが、今月は九州を中心に『アルコールメモリーズ』リリース記念ライブが多数予定されているので、もしかしたら会場に画伯の似顔絵コーナーが設置されるかもしれない。自分の似顔絵を描いてもらう、めっちゃ貴重なチャンスだ!




夜も遅いのに、僕の似顔絵も描いてくれました、モンド画伯優しい!


お父さんのボギー、お母さんのしのぶさん、門土、天晴(てんせい)、今(いま)の仲良し5人家族

モンド今日の絵:
http://blog.livedoor.jp/bogey4649/

ボギー公式サイト/ボギーの悪趣味音楽作法:
http://blogs.yahoo.co.jp/bogey4649

『アルコールメモリーズ』ツアー日程:
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Keyboard/8256/AlcoholMemories.html

なお同時に広島ヲルガン座のゴトウイズミさんによるドキュメンタリー・ムービー『地下音楽現場物語』も、いまごろは完成しているはず。完成記念の上映とライブのツアーが東京、京都、大阪などで予定されているので、こちらも注目されたし。


DEVO

[地下音楽現場物語」&「アルコールメモリーズ」完成記念ツアー]

10月27日(日) @東京・板橋マーキー
open 19:30  start 20:00
¥1800(¥2000)+1drink
出演:ボギー/ゴトウイズミ
上映:『地下音楽現場物語』
同時上映:『博多ゾンビ』

10月28日(月)@東京・月見ル君想フ
¥2300(¥2800)+1drink
open 18:30  start 19:00
出演:ボギー/ゴトウイズミ/原田茶飯事/キムウリョン
映画上映:『地下音楽現場物語』

11月11日(月) @京都・アバンギルド
出演:ギー/ゴトウイズミ/ほか
映画上映:『地下音楽現場物語』

11月12日(火)@大阪・ムジカジャポニカ
出演:ボギー/ゴトウイズミ
映画上映:『地下音楽現場物語』


[モンド画伯の絵葉書を読者プレゼント!]



モンド画伯の特選絵葉書11枚セットを、2名の方にプレゼントしちゃいます! 下記までふるってご応募ください。締め切りは10月6日(日)いっぱいです!!! 外れた方は、こちらから通販可能:http://blog.livedoor.jp/bogey4649/archives/30929980.html

お申込みフォーム: https://docs.google.com/forms/d/1bwRcD0ngiznUdfdjE30t1mDZi2aGgauDuQztlWhpeE8/viewform


絵葉書を買うと、こんなメッセージもついてきます

[モンド画伯・誌上作品展]


大友良英


蛭子能収


板尾創路


レディーガガ


ボブ・マーリー


シザーハンズ


マツコ・デラックス


シドアンドナンシー


どんと


北野武


YMO


ラバー・ソウル


ザ・ドリフターズ


ジャッキー・チェン


エスパー伊東


バービーボーイズ


リー・ペリー


マック赤坂


マイケル・ジャクソン


町田町蔵


ザ・ビートルズ


竹内力


IKKO


コロッケ


フランク・ザッパ


黒柳徹子


マチャアキ


美輪明宏


デヴィッド・ボウイ(失敗)


ジャック・ニコルソン


手塚治虫


岡本太郎


MCハマー


ローリング・ストーンズ


travel 連載:スナックショット 31 宮崎

写真・文 平田順一


賑やかな週末の宮崎市一番街

どうも平田です。全国のスナック街の写真を撮って歩いてる人間です、と紹介されたり自分で話したりすることがあり、ここの地方はスナックの写真は撮りましたか? と関心を持たれることがあって嬉しいのですが、行っていない地方については返答に窮することになります。今回取り上げます宮崎県は昨年の連載開始時には未踏の場所で、宮崎をどげんかせんといかん! と今年2月に奮起して行ってきました。


大都市圏以外でのタレント首長の誕生で、驚きをもって迎えられた東国原知事の就任が2007年1月。最近のことのようでいて、かなり風化しつつもある(県知事から国政への転身の早さも驚いた)。この時に訴えていたのが、遅れていた交通網の整備と、低迷する観光業や地域経済の振興で、黄色いハッピを着用した「宮崎のトップセールスマン」として一定の成果を残した。ここであらためて、宮崎の置かれた地理的条件を認知した人も多いのではないかと思う。


ほとんど見かけなかった前知事のイラスト






スナックビルの多い橘通西

東京から見ると鹿児島も宮崎も南九州の一部に変わりないが、交通のアクセスにはかなり差がある。JR九州でも博多から宮崎まで直通する特急列車が5時間以上かかるので、新幹線で新八代まで行き、バスに乗り換えて3時間というルートを推奨している。雄大な自然環境には恵まれており、これが観光資源になっているものの、交通費と移動時間がかかる故に取り残されたような感もある。しかし2月の週末に訪れた宮崎市一番街は祭りのように賑やかで、ネガティブなイメージを払拭するインパクトがあった。






東国原前知事を輩出した都城市は盆地にある街なので、九州地方の大きな街には珍しく港がなく、南国的なムードも漂わない。かつて新婚旅行のメッカと言われた宮崎県でも、この辺は観光客の入れ込みが少なそうに見える。
県庁所在地や大きな街ではスナックが入居するテナントビルが乱立し、小さな町では個人商店や民家と軒を並べるようにスナックがあるが、都城はどうかというとちょうど中間くらいで、上町・中町の商店街が閑散としている一方で、隣接している牟田町ではビルと呼ぶには小規模な2階建て・3階建てのスナックビルがいくつも並んでいた。


更地が多い都城市の中心市街








低層階のスナックビルと開店祝いの花輪が目を引きました




















都城駅前、栄町のスナック

冬場のスポーツニュースはプロ野球のキャンプ地レポートが恒例になっており、宮崎空港や宮崎駅前でも野球帽やグッズを抱えた、それらしき人を見かける。宮崎県は南北に長く、真ん中にある宮崎駅を東京駅の位置に置き換えると、北部の延岡は栃木県小山市、南部の日南は鎌倉市と同じくらいの距離感覚になる。行きやすい方の日南市に向かったところ、ここは広島東洋カープのキャンプ地なので宮崎=読売ジャイアンツというわけではなく、商店街やスナックの入口には広島カープのマスコットキャラクターのイラストが飾られていた。






日南市油津の中心市街


たしかに酒豪が多そうなところですが

日南市は漁港の油津と城下町の飫肥と、性格が異なりながら歴史のある2つの町が隣接している。人口は5万人少々だが経済規模とスナック街の充実が一致しないのは鳥取や高知でも見てきており、大都市から離れるほど顕著になるとおもう。油津にはまとまった規模のアーケード商店街と、鹿児島・宮崎に店舗を構える山形屋百貨店が出店していた。歓楽街だけを切り取ってみていると、もっと大きな規模の街に見える。








城下町の飫肥は、事前に準備した「るるぶ情報版宮崎」、移動中にみたソラシドエア機内誌、JR九州のPR誌でこぞって「九州の小京都」と取り上げられていた。武家屋敷や古い商家がまとまった規模で残っているという。すでに宮崎市から都城と油津のスナック街を巡ったので、小京都を歩いてみるのもいいが少々通俗的かもしれない。


静かな城下町、日南市飫肥






焼酎「松の露」「飫肥杉」が列挙されています

しかし実際に飫肥駅から城跡に向かって歩くと、観光客らしき姿は見えず、地元の人ともほとんどすれ違わない。城跡のすぐ手前に大型バスの駐車場と土産物屋があり、ここまで来てやっと歩く人の姿を見かけるが、俗化した観光地というイメージには程遠く、街全体が昼寝をしているようだった。街の規模からするとスナックの数は異様に多いが、経済・商業の中心地として栄えた飫肥藩の伝統なのかもしれない。











photography 隙ある風景 ロードサイダーズ・リミックス 03
寝てる人 初秋編

写真・文 ケイタタ

今回は「寝てる人 初秋編」。このテーマ、実は連載のきっかけとなったものなのである。今夏に行なわれたFREEDOMMUNEに行った私は、自身のブログ「隙ある風景」で明け方に踊り疲れてあちこちで寝ている人の写真をアップしたところ(http://keitata.blogspot.jp/2013/07/blog-post_3409.html)、同じくFREEDOMMUNEに出演していた都築氏の目にとまることとなり「一度会いませんか」とTwitterにメッセージが来たのであった。

「寝てる人」は都築さんのリクエストでもあった。さあ、満を持してお送りしよう。「寝てる人 初秋編」。コレクションは大量にあるので、初秋に撮ったものに限ってセレクトした。


ベンチに寝たかったが中央の仕切りがあるために寝にくかったのだろう。(八丁堀 東京)


せめてもう少しベンチの近くで寝ればいいのに。ベンチとの距離が空いていた。


こちらの男は荷物を枕代わりに利用して仕切りを上手く避けた。(八丁堀)


掛け布団ならぬ掛け段ボールを掛けてやりたかった。敷段ボールはあったのに。(新橋 東京)


日本で最も地価が高い銀座四丁目の交差点で眠る男。1平方メートルあたり2700万円ほどなので男が眠っている場所だけで5,400万円だ。


昭和通りの中央に見事眠っていた男 (東銀座)


一口食べただけのハンペンが枕元にあった。もったいない。


高速道路の上の公園。距離感がよい。 (築地 東京)






代々木公園三連発。やはり最後の寝方が最もうらやましい。


土方たちの昼休み  (白金台)


まるでウインクの振り付けのようである。




























続いて車中で寝ている人を連続で。目隠しの仕方に個性が出る。


配達中だが寝ている男


天パがよい


その2週間後、また配達中ながら同じ場所で寝ていた。きっとここが休みやすい場所なのであろう。(白金)


場所を大阪に移そう。Tシャツ、帽子、バッグ、すべてのアイテムがかわいいおっさんだ。(上本町)


秋の昼間から都会の真ん中で寝る人とヨガをする人。本当に気持ち良さそうである。そう、大阪にもこんな場所はあるのである。 (中之島公園)


しかし、すぐ横にはこんな人だらけ。きっと夢で乳首でも吸って居たに違いない (中之島公園 大阪)


寝姿勢が素晴らしい。タイのアユタヤで見た涅槃仏のようである。 (中之島公園)


裸にサスペンダー、枕にした靴、すぐそばにハト、川、とても完成度が高い。(中之島公園)


自転車でわざわざここまで寝にきた二人組。


先ほどの二人組を橋の上から撮る。 (中之島公園)


白浜行きのくろしおで、話し疲れて電車で寝る二人。


高そうなカバンを寝ながらも大事に抱えていた。タオルは安っぽいが。


キーホルダーのじゃらつきが気になった。


岸和田だんじり祭りで寝ていた人。まだ始まったばかりなのにもう寝ていた。


祭りの熱気と混雑と、子どもは確かに疲れるだろう。


祭りの中心部近くのスーパーはこの状態。この無法を野放しにしているスーパーも立派である。


祭り終盤、酔いつぶれて眠る人。数m先の道路ではクライマックスのだんじりがわんさか走っているというのに。


会社の近くにあるビルの屋上、ダメサラリーマンのたまり場である。(堂島)


股間にはフルーツジュース。彼が起きて飲む頃にはバナナ味が強くなっているかもしれない。


幸運なことに、眠ることはこのビルでは禁止されていない。


非常に芸術点の高い寝方。ちなみにここは区役所前。 (久太郎町)


ちょっとした乗り換え時間で眠る人。早く電車が来ることを祈る (淡路)


大きなカバンがちょうどよい高さの枕になっている (南千里)


すばらしい曲線美。ちなみにこの前はコンビニ。コンビニの蛍光灯にケツが照らされていた。(堂島)


そして、新世界へ場所を移そう。通天閣とホームレス、ここではよくある風景だ。


縦の長さで考えるとトリプルベッドと言えるだろう。ベッドどリアカーが1つになっている。


こちら、リアカーで寝る人。見事に足を隙間にねじ込んでいる。もう少し上で寝ることはできなかったのだろうか。


向こうは6車線の道路であり、激しくライトが当たるが気にならないようだ。


酔っぱらって寝た男を起こそうとする警察官  


あきらめる。以上、「寝てる人 晩秋編」であった。


最後に前回に告知した自身の主催している奇祭「セルフ祭」の模様をご報告。9月14日から16日の3日間、新世界市場にて催された。


「己を祭れ」というテーマが商店街に祭られる。


私はインドの修行僧サドゥーに扮する。




このようにイニシエーションを繰り返す。


風呂に入る老人と老人。


セルフ祭メインスタッフと老人で記念撮影。


同じくメインスタッフのはんはクラフトワークになろうとしたが失敗した。


女子高生も体操服で参戦。背中の文字は学校の書道の先生に書いてもらったそうだ。


ロカビリーグループ The GraceにB-BOYと不思議なヒーローが勝手に混ざる。


猫の前を横切るオオカミ。まるで野生の王国のようである。劇団まほうつかいという不思議な劇団の最中に劇団とはまったく関係ない別のモノが通った奇跡の瞬間である。




名も知らぬ人が突然こんな格好で祭りに現れた。最後まで名前はわからなかった。


大阪に伝わるだんじり囃子を継承する「神龍」。はっきりいってヤンキーである。しかし彼らが商店街でぶちかます和太鼓と鉦と龍踊りは最高だ。


商店街各所で勝手にセッションが勃発する。


世界を転々としながら音楽を作り続けるスコットランド人Momusは今、ここから2ブロック先の日本橋に住んでいる。渋谷系全盛期にカヒミ・カリィにお洒落な曲を提供していた人が今、こんな泥臭い場所に住んでいるという驚き。


いつもおはしの格好で祭りを盛り上げてくれるchopstickersこと岡田エリ


Momusのライブに乱入して頭を振り回す。こんな光景、今までみたことがあっただろうか。ちなみにガセネタ、タコのヴォーカル山崎春美も裸になって踊っていた。


通りがかりのおっさんも踊る。



トリはRabiRabi。音と盛り上がる観客とで地面が揺れる。ちなみに奥は中古自転車屋で横は寝たきりのおばあちゃんが住んでいる。


通りがかりのおばあちゃんは動きにくい足でリズムを取る。そしてハッピーな笑顔のまま帰っていった。以上、セルフ祭 2013であった。

「セルフ祭、もうなんかすごい面白さでした。ありがとうございました。"大阪"というのを、これでもかってくらいわかりやすく見せてもらった感がありましたw」 @neonative RabiRabi

「セルフ祭素晴らしい!もっと早く来れば良かった。小学生とマリオして、元気なおばあちゃんとスコットランド人とお話しして最高にカオス。」@okometsuvu

さらにMomusはセルフ祭についてこう述べている――

This zany and anarchic Self-Matsuri party in Shinsekai, just a few blocks from my house, reminded me why I like Osaka so much.
「ぼくの家から数ブロック離れた新世界での、愚かでアナーキーなセルフ祭はどうしてぼくが大阪がとても好きかを思い出させてくれるんだ」

というわけでみなさん機会あればぜひセルフ祭もよろしくお願いします。

次のセルフ祭は高円寺にてトークショー:2013年10月5日(土)19:00- 21:00 高円寺 AMP cafeにて『商店街サミット』に参加。商店街研究の第一人者であり気鋭の社会学者・新雅史氏、『素人の乱』などで知られ高円寺で商店街活性化を計る松本哉氏、横浜の六角橋商店街など商店街で奇妙な活動を企む人々とのトークショー。入場料無料なのでぜひともお越し下さい。私ケイタタも出演します:
http://ameblo.jp/tsukiji14/entry-11612237315.html

KEITATA PHOTO:http://keitata.com/keitata/


music ROADSIDE RADIO:コージー大内&W.C.カラス

先週日曜日のインターFM・ロードサイドラジオでは、コージー大内とW.C.カラスという、ふたりのブルース・シンガーを取り上げました。


実は最近、ブルース・ファンのあいだで「弁ブルース」という言葉が広まっているのですが、これはいろいろな地方に住むミュージシャンたちが、自分たちの地方の言葉で歌おうという動きで、もちろんそのおおもとは憂歌団などの関西ブルースマンたちにあるのですけれど、いまではさまざまな場所で、さまざまな言葉で、日本のブルースが歌われれるようになってきました。今回録音させてもらったのは、8月17日に愛知県豊橋市のライブハウス「House of Crazy」で開催された、5人のブルースマンたちによるライブです。出演者は――

ロイキ(高知出身、東京在住)
W.C. カラス(富山県小矢部出身、高岡市在住)
ベアー・ホーク・ウルフ(高松出身、東京在住)
金田デルタ正人(北秋田出身、東京在住)
コージー大内(大分県日田市出身、東京在住)

というわけで、カラスをのぞく4人は現在東京在住で、「アコギなやつら」というタイトルで、よく合同のライブも開いています。

ご覧のとおり出身はそれぞれバラバラ。そしてだれひとりとして、音楽では食べていないのも特徴です。カラスは林業――本人曰く「木こり」ですし、金田正人は鍼灸師、コージー大内は印刷工というぐあい。それでも音楽が好きでしょうがなくて、ずっと音楽活動を、それもとびきり泥臭いカントリー・ブルースを歌い続けている男たちです。当夜はその中からコージー大内と、W.C.カラスのふたりのステージを放送させてもらいました。


コージー大内は大分県日田市出身、47歳。日田は古い町並みが残って情緒豊かな雰囲気で、「九州の小京都」と呼ばれているそう。ちなみにこれまで「角打(かくち)ブルース」(2008)と「X(ばってん)ブルース」(2012)の2枚のCDをリリースしていますが(角打とは、北九州エリアで言われる、酒屋での立ち飲みのこと)、そのライナーノーツによれば、日田は「日本のテキサス」だそう。田園風景と人情とブルース・フィーリングに満ちた、林業とナバ(シイタケ)と焼酎と濃霧と雷(ライトニン!)の町どいうわけ・・・。

1980年代終わりごろ、21歳でライトニン・ホプキンスを聴いてカントリー・ブルースに打たれたコージー大内は、その年に上京。芸名は本名の大内浩二を「アメリカンにした」そうですが、東京に来てからは11年間、阿佐ヶ谷のとんかつ屋で働いたあと、ここ14年間は「武蔵境にある共進プロセスという会社でシルクスクリーン印刷の印刷工。ボールペンなど文房具に「00保険」とか「00記念」とか印刷しております」ということです。


放送した曲目は以下のとおり。いずれも強烈な日田弁で、ときには「標準語訳」を織り交ぜないと聞き取れないほどですが、それがまたブルース・ギターと合うんですねえ、見事なまでに。

ブルースん奴隷
大鶴村のサイレン
とんかつのうた
しぇんしぇい
オヤジ・プリーズ・ドント・ゴー


『角打ブルース』




後半お送りしたW.C.カラスは富山県小矢部市出身で、現在は高岡市在住。20歳の時、ジョン・リー・フッカーの富山公演を見て衝撃を受け、カントリー・ブルースの道を目指すようになったそうです。ちなみにW.C.はワイルド・チャイルド・カラスのこと。音楽を続けていくためにさまざまな職についてきましたが、ここ10年ぐらいは木こりをやりながら、歌とスライドギターで日常を歌い続ける、48歳のブルースマンです。


W.C.カラスは演奏歴30年にして、今年ようやくファーストCDを発表しましたシンプルに『W.C.カラス』と題されたそのアルバムは、春に発売されたものの、一部のマニアックなレコードショップ、あとは通販かライブ会場でしか入手が難しかったのですが、9月18日にめでたくP-VINEからあらたにリリースされたばかり。いまでは簡単に入手可能です。


放送したのは以下の5曲。

飯炊き男のブルース
SMブルース
Moonlight Dreamer
When I Woke Up This Morning
軍手の煮びたし


『SM(スーパーマーケット)ブルース』

コージー大内とちがって、富山弁ではなく標準語で歌われるのですが、夕方のスーパーマーケットで、商品に割引シールが貼られるのを待っている酒臭いオヤジのことから、ボロボロになった自分の軍手まで、あくまでも生活に根ざしたリリックを、金属胴のナショナルギターをかきならしながら歌う、その姿は現在形のトロバドールのようでもあります。




よく思うのですが、ブルースもジャズもアメリカの黒人文化が生んだ偉大な音楽ジャンルではありますが、ではいまアメリカの黒人がみんなブルース好きかというと、そんなことはない。僕の友人の黒人にも、ブルースなんか聴かないという音楽好きがいっぱいいます。

ブルースの持つ泥臭さを嫌悪する黒人の、とりわけ20世紀になって誕生した黒人中産階級によって、ジャズがここまで洗練された音楽になっていった面もあるかもしれないぐらいで、そういうアメリカの黒人が聴いても「泥臭い」「垢抜けない」というブルースは、どうしても演歌を好きになれない日本の音楽好きと同じ位置にあるのかもしれません。

そういうキャラクターを持つブルース、そのなかでもとりわけ泥臭いカントリー・ブルースというアナクロ極まりない音楽が、いまの日本の、それも富山だったり日田だったりという、日本各地の田舎で、独自の言葉によって、独自のやっぱり泥臭い音楽となって生き返っているのが、僕にはすごく興味深く映ります。21世紀のトレンディなアフリカンアメリカンが聞いたら、絶句必至でしょうが・・・。

大きなライブハウスではなく、小さな店で、客席と冗談を交わしながら、こっちも適当に飲んで酔っ払いながら、しまいにはミュージシャンもいっしょになって酔っ払いながら、歌に浸る――そういう夜がすごく似合う、カントリー・ブルースの世界。ぜひ、ライブで体験してもらいたい音楽でもあります。

コージー大内はこのあと関東エリアでは、10月19日(土)に横浜野毛「サムズバー」で、11月23日にはこれも野毛のボーダーラインという店で、ライブが予定されています。

W.C. カラスのほうは10月6日に吉祥寺のスターパインズカフェ、11月30日には三鷹バイユーゲイトでもライブあり。どちらもウェブサイトで詳しい情報がご覧になれます。


コージー大内:http://kozyouchi.adliv.jp/

W.C. カラス:http://music.ap.teacup.com/kikori/


[告知1]
紀伊國屋scripta 書評連載:すすきの風俗編・上下

忘れたころにやってくる紀伊國屋書店の広報誌スクリプタ連載。今回は北海道財界誌の雄『財界さっぽろ』が、創刊50年を記念して出版した『リアルタイム・北海道の50年 すすきの風俗編』なる、上下2冊の珍しい地方出版物を取り上げました。創刊半世紀で、記念に出すのが「すすきの風俗」! 素晴らしすぎますね~。


「創刊の1年後には東京オリンピックが開催され、日本経済の高度成長が加速する、ちょうど、その時期に「財界さっぽろ」は産声を上げました・・・このころが一番面白い時期でもあったのです・・・雑誌記事の“華”はスキャンダルとケンカです。また、読者が雑誌に求める興味関心は、カネ、権力、オンナ(女性の皆さん、ごめんなさい)、人事、そして成功のノウハウと他人の不幸です」(上巻前書きより)。

「客層の固さでノシた(げんじ)、明るいムードで月商1千万も(円山) 長者番付けに躍り出たススキノ・マダム」
「クラブの保証で自宅に赤紙 金田正一(元巨人軍投手)ススキノで大失投」
「芸者の世界にも人手不足 “応募者ゼロ”ススキノの花街」
「オリンピック・ススキノの決算書 ブランデージ会長も喜んだトルコの夜」
「十億かけてホステス六百人 赤坂のミカド(日本一のキャバレー)が進出」
「マダム族狂乱、ホストクラブ繁盛記」
「ホモ、レズもあるススキノ猟奇地帯」・・・

などなど、いますぐ格安航空券買ってすすきのに飛んで行きたくなる話題が満載なので、ファンは(なんの?)ぜひとも上下セットでご一読を。上巻ではブイブイ言わせてたキャバレー王が、下巻では「破産・夜逃げ」みたいな顛末になってたりして、世の無常まで学べます。


scriptaは紀伊國屋書店各店で無料配布中!


[告知2]
会津若松でヒップホップ・トーク、今週日曜!


前にもお知らせしたとおり、今週日曜日(6日)には会津若松で『ヒップホップの詩人たち』をテーマに、トーク&ライブを開催します。大好きな福島で、初のトーク。うれしいですねえ。

会場はWOODBRAIN/水面花木工所という、新感覚の木工作家ショールーム。そして企画してくれたのは江戸時代から続く、会津の地酒の蔵元・若旦那。すでに楽しそうでしょ。

当日は僕のトークのほかに、KAT da HIDEPOET、 ILLROMANBRO、BAKUMARA、NAGAN SERVERと4つもライブが入って、しかも入場無料です!

また会場では20~25年前の、オリジナルなアメリカのヒップホップ・ファッションの貴重なコレクションを展示、一部は販売もするそう!


今回のテーマは今から20~25年程前のヒップホップのファッションです。
eric Bらが着用していたダッパーダン全盛時からカーハート等ワークウェアブーム前の92年頃まで、ヒップホップがここまでグローバル化する以前の黒人が作った黒人らしい物凄いデザインの数々を展示いたします。
その中でも「クロスカラーズ」の様な日本でも展開されたブランドは外し、現在は全く姿を消したその時代の土着の生々しさを垣間見れるブランドの物をチョイスしました。
リアルタイムで見てきた私は着たいとも思いませんでした。まずは「ファッション」「見た目」からと言いますが、興味を持つ程度では到底辿り着かないすさまじい世界です。
展示の一部は販売も致しますので、天然記念物を見るかのようにご覧頂ければ幸いです。

とのことなのでっ! こちらも楽しみ。会津のみなさま、日曜日にお会いしましょう!!!

ヒップホップの詩人たち・トーク&ライブ
10月6日 14:00 ドアオープン
トークは16時ごろから、ライブは20時終了予定
@WOODBRAIN SHOWROOM
福島県会津若松市相生町7-2
http://woodbrain965.blogspot.jp/p/showroom.html?m=1


[告知3]
「死刑囚の絵展」2013、来週土曜日!

先週末、渋谷で開催された「死刑囚の絵画展 ―囚われているのは彼らだけではない―」は、2日間だけだったにもかかわらず、900名以上の来館者が会ったそうです。僕も日曜日に寄らせてもらいましたが、すごくたくさんのひとが、ほんとにじっくり作品に見入っていました。


林眞須美・2013年「無題」

先週告知したように、10月12日には死刑廃止国際条約の批准を求めて活動してきた『FORUM90』主催による、『響かせあおう 死刑廃止の声 2013』と題されたイベントがあります。

たった一日というか、半日の催しですが、元冤罪死刑囚の免田栄さんの講演、田口ランディさんの「死刑囚からの手紙」朗読など、たくさんのプログラムが組まれていて、2013年度の新作絵画も出展されます。これはぜったい見ておかないと! 僕ももちろん行きますので、会場でお会いできたらうれしいです。

響かせあおう 死刑廃止の声 2013
10月12日(土) 開場12:30~終了予定17:00
新宿区立四谷区民ホール(新宿区内藤町87番地)
当日券:1200円/前売券:1000円
問い合わせ:FORUM90
03-3585-2331
http://forum90.net/


[告知4]
「ジャカルタ・パンク」映画上映/版画展/ライブ決定!


先月2回にわたって掲載し、大きな反響をいただいた中村あゆみさんによるジャカルタ・パンクのリポート。新宿で開かれた上映会&トークは、いずれも超満員のソールドアウト状態でしたが、10月30日に中野で新たなイベントが決まりました!

当日はあゆみさんによるドキュメンタリー上映のほかに、マージナルによる版画と、あゆみさんの写真作品展示、さらに3つのハードコア・バンドのライブまであります。爆裂ですよ~、たぶん。

記事でもフィーチャーされたジャカルタのパンクバンド・マージナルは、その収入源である木版画もすごくいいので、この機会にぜひご覧ください。


中野ムーンステップ Presents「レンチョン・マレンチョン」
(ライブ+映画上映+版画展)

2013年10月30日(水)
OPEN: 19:00/LIVE START: 19:30/上映開始:20:40~(63分+トーク)

出演バンド:
ROCKET
CHEERIO
ダイオウイカ

未完成映画「マージナル=ジャカルタ・パンク(2013年秋版)」と写真展 by 中西あゆみ

版画作品展 by MARJINAL

ライブ(1F)+上映&作品展(2F)


チケット:1000円+1ドリンク(500円)
詳細:http://wall-moonstep.com/moon/top.html


アフターアワーズ:編集後記

今週も最後までお付き合いいただいて・・・お疲れさまでした! 長かったですね~~、笑。

江上茂雄さんとモンド画伯、ふたりのアーティストにお会いしたのが、先週の水、木曜日。それが1週間足らずで記事として配信できちゃうのだから、ネットってすごいというか、怖いというか。

なので先週は福岡に行って、中原昌也トークもして、死刑囚展も見て、さらに告知でお知らせした現在開催中のシリーズ「サウンド・ライブ・トーキョー」のうち、原宿VACANTで28日夜に開かれた、「ラジカセ・メロトロン化計画featuring嶺川貴子」にも行ってきました。


これがラジカセ・メロトロン、世界に一台!

会場の大きな壁面には、一面に貼り付けられた総計50台ものラジカセ! これぞ現代日本が誇る「ラジカセ博士」&「ラジカセ再生工場・工場長」である松崎順一さんが、数年間にわたって育んできたアイデアの、ひとつの到達点なのです。

ラジカセ愛が嵩じて、デザイン・アンダーグラウンドなる工房を、足立区花畑の団地に開いた松崎さん。『ラジカセのデザイン!』という著書もあるし、僕も『東京右半分』で詳しく紹介したので、ご存じの方も多いはず。その松崎さんとラジカセの物語を、以前こんなふうに書いたことがあります――。

 「パキスタン人が盗難車を集めてこっそり輸出」とか「大量の自転車が万景峰号に積まれて北朝鮮に」なんて事件が話題になるたびに、出てくるのが「ヤード」という存在である。山奥や休耕地の一角を高い塀で囲んで、廃棄された自動車、自転車、家電製品などを集めて海外に送る一時的な集積地だ。
 中東から東南アジアまで、各国からバイヤーが出入りするヤードで、発展途上国向けの家電製品としてもっとも人気が高いのは、テレビでも冷蔵庫でもなく、ラジカセなのだという。まだ電気の来ていないような地域でも、ラジカセなら電池で作動するから、それでラジオを聴くというのだ。ラジオで音楽やニュース番組を聴くだけなら1ヶ月ぐらいは電池が持つラジカセは、そういう地域に暮らす人々にとって、外界との貴重なコミュニケーション・ツールである。
 タイやベトナムの街角で、CDと並んでカセットがドンと積まれているのを見たことがあるひとも多いだろう。アメリカヤヨーロッパのミュージック・ショップでも、まだまだCDと同時にカセット版を発売する新譜がたくさんある。このウェブサイトを見ているような方は、いまやCDすら買うことなく、ダウンロードばっかりというタイプかもしれないが、日本だって演歌業界、カラオケ業界においては、いまだにカセットテープが重要な位置を占めている。演歌専門のレコード店に行けば、いまでもCDと並んでカセットのミュージック・テープが売られているし、店頭には録音用の空テープが山積みされている。
 レコード店主によれば、カラオケの練習をするのに「1小節巻き戻す」といった細かい操作にCDプレイヤーを使うのはとても無理で、特に年配のお客さんにはカセットが好まれているのだという。たしかにそのとおりで、操作性のインターフェイスという観点からすれば、現在のCDプレイヤーやMP3プレイヤーよりも、アナログなカセットのほうが、はるかに優れている。しかもCDやMP3データは、1ヶ所でも1破損すればデータ全体が読み取れなくなってしまうが、テープだったらつなげばいいだけのこと。
 カセットを聴くのに必要なのが、ラジカセだ。1960年代末に日本で生まれた偉大な発明であるラジカセ。ちなみに「ラジカセ」という名称を最初に使ったのは、カーステレオやカーナビ、レーザーディスクも世界に先駆けて商品化したパイオニアだと言われている。
 ラジオが聴けて、カセットがかけられて、録音もできて、AC電源でも乾電池でも駆動するラジカセは、音楽が室内に縛りつけられることから一歩先に進んだ、画期的な技術だった。もしかしたらウォークマンよりもノートパソコンよりも、ましてやiPodなんかよりも、はるかに。
 1980年代のアメリカにおいて、創生期のヒップホップ・シーンを支える存在として「ブームボックス」、「ゲットー・ブラスター」などと呼ばれ愛されたのを、覚えている方もいらっしゃるだろう。音楽をストリートに持ち出すこと。自分だけのサウンドシステムを持ち歩けること。ヒップホップ・カルチャーの誕生は、ラジカセなくしてはありえなかったかもしれない。
 そして1970年代から80年代にかけて、世界を席巻したラジカセはほとんどすべて日本製だった。サウスブロンクスでは日本製のラジカセを黒人たちが肩に担ぎ、北京では特権階級のアパートでラジカセから流れるムード・ミュージックに合わせて社交ダンスに興じるひとたちがいた。
 そんなラジカセが、いまでは「CDやMP3プレイヤーを買えない、使いこなせない」、テクノロジー弱者のための“貧者のオーディオ”に成り下がり、あまりに子供っぽく見にくいデザインの商品だけが、かろうじて電器屋の片隅に置かれているのは、こころ痛む光景である。
 1970年代から80年代にかけてラジカセが世界を席巻した時代の、重厚かつ硬質なデザインを懐かしむ声は少なくない。実は欧米にもアジア諸国にも、熱狂的なラジカセ・コレクターがたくさんいて、修理用のパーツも海外のほうがずっと入手しやすかったりする。
 自動車などと同じく、現在の家電はブラックボックスと化し、どこかが壊れたら「修理」ではなく「交換」するだけ。でもラジカセはテープが回っているのも、駆動部分も内部の配線もぜんぶが目に見えて、そして手を加えることが可能な「メカ」であることに、まず魅力がある。いま使っているiPodを30年後まで修理して使いつづけることは考えられないが、ラジカセならそれが充分可能なのだ。
 現在の音楽ディバイスに較べ、ラジカセは異常なまでに大きくて、重い。それが音の良さにもつながっているし、インテリアとしても成立しうる。そしてカセットテープはどんなハードディスクやCDRよりも安定して長持ちする記憶媒体だし、自分で録音することも容易だ。世界中のどこを旅しても、店頭で買えるCDは商品としてパッケージされた音楽だろうが、フリーマーケットなどではわけがわからないカセットテープが投げ売りされていて、そういうのを聴いてみると、ただのおしゃべりや声のメッセージ、自然音などがそのまま録音されていることがある。あるいは自分なりのコンピレーションに、手書きの曲目リストを小さな字で書き込んであるテープだったり。そういう、生活の匂い、テープを作った人間の息づかいが感じ取れるのは、カセットテープというメディアならではの特性だ。
 いま、古物店やフリーマーケットでかっこいいラジカセを見つけても、たぶんそのほとんどはまともに動かないし、メーカーのサービスセンターに持ち込んで修理してもらえるわけでもない。ほしいけど、飾っておくだけじゃなあ・・と購入を躊躇した経験を持つ方もいると思う。でも、最近では70年代、80年代の黄金期のラジカセに魅せられたひとたちが、独自の修理・再販ショップを立ち上げるようにもなってきた。東京・足立区のデザイン・アンダーグラウンドは、そういう「ラジカセ再評価ムーブメント」の先頭に立つ個人工房だ。
 自分たちが生み出しておいて、その真の価値を認識しないまま捨て去ることが、もしかしたら世界中でいちばん得意な日本という国。失われたラジカセ文化もまた、その不幸な犠牲者なのだった。
 (ArtIt Webより)

最近ではカセットの良さを再認識した、若いアーティストたちがカセットで新譜をリリースすることも増えてきています。そうしたなかで松崎さんが、足立区の片隅でコツコツと製作してきた「ラジカセ・メロトロン」は、50台のラジカセの、ひとつひとつに音源のテープを入れ、それをキーボードで操作することによって、往年のメロトロンを現代に蘇らせた、アナログのサンプリング再生マシンが生み出されたわけでした。


いずれも年代物のラジカセ。主力機はちょうど40年ほど前のものだという

今回そのラジカセ・メロトロンを駆使してパフォーマンスをしてくれたのは、嶺川貴子さん。先日DOMMMUNEで拝見したばかりですが、ライブはほんとうに久しぶりでした。終わったあとでちょっとお話したら、今回使用した音源は、嶺川さん自身が録音、用意したものだそうで、「まるで自分で新しい楽器を作ってるみたいでした」と楽しそう。ほんとにそうですよね! 


演奏する嶺川さんの後方には、機械の動作を見守る松崎さんが控える

ライブの際には、まず嶺川さんが1台のラジカセの前でスティックを叩いたり、チューブをぐるぐる回して出てくる音を録音し、それを壁のラジカセに挿入、演奏に使用するという、アナログ感満載のパフォーマンスもありました。松崎さんのほうは「もっと台数を増やして、もっと完成度を上げて、いろんな場所でやりたいんです!」と意気軒昂。

デジタルとは微妙に異なる、温かい音色がなんともいえないラジカセで構築する、ゆったりと豊かな音場。ラジカセは出力が小さいので、50台合わせても爆音にはほど遠いのですが、それがなんだか蓄音機でSPレコードを聴いているようでもあって、会場の壁を外に広げていくような感覚でもありました。








長く鳴らしたい音は、鍵盤に金属製の錘を置く!

今回は特別に松崎さん、嶺川さん、VACANTから許可をいただいたので、当日の演奏の短いダイジェストを、読者限定でお送りします! 静かに、穏やかに、お楽しみください。


ラジカセ・メロトロン化計画@原宿VACANT、2013年9月28日より。照明インスタレーションは堀尾寛太さん

「サウンド・ライブ・トーキョー」は今週末までプログラムが続行中。週末にかけては鶯谷の東京キネマ倶楽部で『倉地久美夫+マヘル・シャラル・ハシュ・バズ』、上野の東京文化会館で『飴屋法水+工藤冬里』などという、かなり興味深いライブもあるので、ぜひご参加を。


Sound Live Tokyo 2013:http://www.soundlivetokyo.com/

松崎順一/DESIGN UNDERGROUND : http://www.dug-factory.com/


『Tropical Circle』は、13年ぶりとなる嶺川貴子と、Dustin Wongの共作による新譜


スタッフより

今日は、私のどんはまりの佐渡島、在住の友人Aちゃんより送られてきた写真をご紹介。佐渡島の最北端鷲崎にいく途中でみつけたという浮きロード、そこにはなんとも自由に描き彫られている、なかにはTPPの文字がなんともファンタジーですね。大崎そばの会というそば(食べ放題!)を食べながら、地元のおばさま方による相撲甚句 http://sado-doga.jp/movie.php?vid=b3jQcVmMkA や手作りの出し物をみて大盛り上がりするそうです。どうやら、30名集めると開催して頂けるということを聞き、ROADSIDERSツアーで皆さまといつか佐渡島にいくのが夢です。編集長どうでしょう? (金)







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たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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