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ロボットレストランというお祭り空間

新宿歌舞伎町の中心部、区役所裏の超一等地に、ロボットレストランがいきなり姿をあらわしたのがこの7月のこと。大通りを走り回るロボット・カーに度肝を抜かれ、道端で配られたティッシュの「オープン迄にかかった総費用・総額100億円」の文言に二度ビックリ。で、ロボットレストランというから、ロボットがサービスしてくれる、未来型ハイテク・レストランかと思いきや、肌もあらわなセクシー美女たちが踊ってくれる「ロボット&ダンスショー」が楽しめる、シアター形式の店だという・・・。ほとんどワケのわからないまま、この夏の東京の、夜の話題を独占した感のあるロボットレストラン。

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日曜日のゾンビーナ

うららかな秋日和のサンデー・アフタヌーン。六本木ミッドタウンの前は、お洒落な犬を連れたお洒落なカップルや、高そうな乳母車を押す高そうな外国人カップルが、ほがらかに行き交ってる。ミッドタウンの正面にはメルセデスベンツのショールーム。そのおとなり、飲食ビルの2階の、とある店。ほがらかな気分でドアを押し開けると・・・いきなりゾンビが襲ってきた! 「いらっしゃい~~」とくぐもった声を出しながら、ぶらぶら腕を伸ばして迫ってくる・・・ああ気持ち悪い! 知る人ぞ知る六本木の隠れフェティッシュバー「CROW」を舞台に、毎月最終日曜日に開かれているのが「ソンビバー」だ――。

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ゼン・プッシーが閉じた夜

西荻窪――というより「西荻」という街には、独特の臭みがある。それは新宿とも下北沢とも、高円寺とも吉祥寺ともちがう臭みで、僕は長いこと、それにあまりなじめないでいた。そういう西荻で一軒だけ、ここなら安心して泥酔して気も失えるくらい好きだった店が南口の商店街を抜けた奥にあって、それは『ZEN PUSSY』という、名前からして異常な店だった。屋台みたいな駅前飲み屋街から、住宅街のおしゃれなレストランまで、ありとあらゆるタイプの飲食店がそろう西荻で、ゼン・プッシーはほかのどのタイプにも属さない店だったし、お客さんもほかのどこにも属さないタイプのひとたちだったと思う。

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酒を聴き、音を飲む —— ナジャの教え 01

尼崎・塚口に関西一円から東京のワイン通、料理好きまでが通いつめる、しかも旧来の気取ったフランス料理店や高級ワインバーとはまったくテイストのちがう、「とんでもなくすごい店」があると聞いたのは、つい最近のことだった。なんの変哲もない、目印は「となりがコンビニ」というくらいの、地味なロケーション。すぐ向かいの女子大の学生たちもただ通り過ぎるだけ、派手なオーラのひとつもない店構え。しかしここは夜毎、大阪の中心で新感覚のワインバーを持つ若手ソムリエやシェフから、東京から「ここで飲み食いするために」わざわざ足を運ぶ熱心なファンまでが足を運び、深夜まで椅子の空くことがない。といっても店内の半分はうずたかく積まれたワインのケースで占められてしまって、満席でも20人くらいしか入れないのだが。その店の名は「Nadja(ナジャ)」。シュールレアリスト、アンドレ・ブルトンの記念碑的な小説から名前をとった、その店のオーナー/シェフ/ソムリエ/DJが米澤伸介さんだ。

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酒を聴き、音を飲む—— ナジャの教え 02

地元の人間がさまざまな感情を込めて「尼」と呼び習わす兵庫県尼崎。とびきりのガラの悪さと居心地良さが渾然一体となった、ぬる〜い空気感に包まれたこの地の周縁部・塚口にひっそり店を開く驚異のワインバー・ナジャ。関西一円から東京のワイン通、料理好きまでが通いつめる、しかも旧来の気取ったフランス料理店や高級ワインバーとはまったくテイストのちがうその店の、オーナー/シェフ/ソムリエ/DJが米沢伸介さんだ。独自のセレクションのワイン、料理、そして音楽の三味一体がつくりあげる、これまで経験したことのない至福感。喉と胃と耳の幸福な乱交パーティの、寡黙なマスター・オブ・セレモニーによる『ナジャの教え』。第2夜となる今回は、「大地のエロス、海のエロス、野生のエロス」と題した、真冬の夜の官能あふれるハーモニーをお聞かせする。

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ほんやら洞のこと

先週金曜(1月16日)未明に出火、全焼した京都の喫茶店・ほんやら洞については、ツイッターやFacebookなどはもちろん、テレビ、新聞など大手のメディアにも取り上げられて、ちょっと驚いた。開店から42年目の古ぼけた喫茶店の火事、というだけのニュースがこれほど拡散したのは、どのメディアにもほんやら洞ファンがいたのかもしれない。これまで京都には2回住んできたが、最初に引っ越した1980年代末は、雑誌の仕事を離れて一息ついたところで、京都大学の聴講生に申し込んで日本美術史や建築史の授業を取り、そのまま自転車で授業に出てきた寺院を見に行ったりしていた。いまから考えると夢のような日々だったが、通学路にほんやら洞があって、昼飯やコーヒーに寄るようになった。

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酒を聴き、音を飲む ―― ナジャの教え 04

地元の人間がさまざまな感情を込めて「尼」と呼び習わす兵庫県尼崎の周縁部・塚口にひっそり店を開く驚異のワインバー・ナジャ。独自のセレクションのワイン、料理、音楽の三味一体がつくりあげる至福感。喉と胃と耳の幸福な乱交パーティの、寡黙なマスター・オブ・セレモニー、米沢伸介さんによる『ナジャの教え』。第4夜となる今回はおだやかな秋の宵に、かすかに不穏な空気感をブレンドするミックスを披露してくれた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 03『甘くて甘くて、怖い雲』平松洋子(エッセイスト)

あの頃、「おみせやさんごっこ」に興じた少年はどのくらいいたのだろう。カゲロウのように朧な記憶をまさぐってみると、あれは少女の遊びで、男の子はいやいや引きずりこまれるものだった。姉が弟にエプロンをさせ、魚屋さんの役どころをあてがう(昭和三十年代は童謡「かわいい魚屋さん」がずいぶん愛されていた)。最初は強引なコスプレを恥ずかしがっていた弟も、すっかりその気になっている姉に煽られ、だんだん調子がでてくるという筋書き。「へい、らっしゃい!」

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 05『まちがいなく生きものがいた』いしいしんじ(小説家)

二十代から三十代にかけて、浅草から、隅田川にかかる赤い橋をわたった東側の、本所吾妻橋に住んでいた。年号は平成に変わっていたが、いまだ昭和、東京の匂いが、色濃く残っているように思った。当時まだ珍しかった、高層公団マンションの十七階。日が暮れて帰り着くと、ドアの前にホームレスのおっさんが座って待っていたり、あるいは、勝手に部屋にはいりこんだイラン人四人が、ペルシア語のビデオを見たりしていた。鍵をかけると絶対外でなくすのでかけたことがなかったのだ。食事はほぼ百パーセント外食だった。武闘派のオヤジがやっている鰻屋、夏は冷やし中華しか出さない中華屋、鉄板で唾を焼きつつ喋りまくる店主のもんじゃ屋。吾妻橋界隈はいろんな意味で濃厚な料理屋が多かった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 06 『あってなくなる』俵万智(歌人)

 歌集『サラダ記念日』の見本が出来た日、編集者が食事の後に連れて行ってくれた。新宿の厚生年金会館の裏側にある小ぢんまりしたバー。「英(ひで)」を一人で切り盛りしているのは、ママの英子さんだ。カウンターから見える位置に神棚のようなものがあって、そこに本を飾ってもらうと売れるという言い伝えがある。出来たてほやほやの一冊を、置いてもらった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 07『北京に捨ててきた金正日』向井康介(脚本家)

北京で初めて北朝鮮料理を食べた。日記を辿ると2016年7月1日となっている。誘ってくれたのは、語学学校で知り合ったNさんという夫がトヨタだかスバルだかに勤める駐在員の奥さん。まもなく帰国することが決まっていて、帰る前にどうしても行っておきたかったのだという。北京に来る前はインドに駐在していたこともある人で、なかなかに好奇心が強い人だった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 08『煙が目にしみる』玉袋筋太郎(芸人)

「ほ~ら、エサの時間だよ~ぴぃ~ぴぃ~ぴぃ~って小鳥みたいに泣きな~」、5歳の息子は無邪気に小鳥の雛の真似をして「ぴぃ~ぴぃ~ぴぃ~」とさえずり、口を鳥の嘴のように尖らかせ、手を羽根のように羽ばたかせ、オレの箸から与えられるユッケをついばむ。「よ~し、よ~し、可愛い小鳥だなぁ……、美味しいか?」「おいしい、ぴぃ~ぴぃ~」「そうか、ならほら、またあげよう」「ぴぃ~ぴぃ~」 前に一緒に見た動物番組の鷹が雛に、捕らえたエサの動物の肉やら内臓を嘴でちぎって雛にエサを与える映像を、ユッケに見立てて真似るバカな親子の遊びを妻は「馬鹿な事やってんじゃないよ」と呆れていた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 09『ホープ』水道橋博士(芸人)

「ホープ」という店名の洋食店だった――。10代の終わり、明治大学に進学することを口実に地元・倉敷から上京した。しかし、心に秘めた野望はビートたけしの下へ行くことだった。テレビのタケちゃんマンは思春期のボクのスーパーヒーローだった。そして、ラジオのビートたけしはボクの救世主に違いないと思った。あの日の深夜放送は、ボクの耳元で「あんちゃんはさー、オイラのところへ来いよ!」と言っているように聞こえた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 10 『渋谷駅、スクランブル交差点周辺の数百軒』江森丈晃(グラフィック・デザイナー/編集者)

行けない店。ざっと思い出すだけで20軒は浮かぶ。最新の記憶は「紹興酒を飲みながら静かに本を読んでいるお兄さん」として通(とお)っていたはずの自分が、中国人店主の仕切るカウンターの金具に中指を挟まれ大流血。おしぼりはみるみる真っ赤に染まり、それに気づいた店主は自分を厨房に呼び入れ、その場の常連客全員の視線を集めるように「イタイノガマンシテネー! ニンゲンモシメサバモイッショヨー!」とパフォーマンス。バックリと開いた傷口に塩と酢をぶっかけられ、ふたたび席に戻されたこと。もうあのときの客には会いたくないし、「アナタデサンニンメヨー!」と笑った店主には静かな怒りもあったりする。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 11『真夏の夜の夢』土岐麻子(歌手)

その店は、世田谷区某駅から歩いて15分ほどのはずれにあった。にぎわう商店街を過ぎて、ひっそりとした住宅地を進む。かつてはおそらく細い川だったんじゃないかというような、緩くくねったカーブの坂をのぼり、お地蔵さんのいる祠を2ポイント越してやっと辿り着く。昔からあるごく小さな喫茶店で、夜はスナックとしても利用できる。好きな人はとても深くハマり、通い詰めるような魅力があるらしい。私の身近な音楽関係の知り合いにもファンは多い。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 12『ホワイトハウス』安田謙一(ロック漫筆家)

1980年代の、ちょうど10年間を京都で過ごした。以前、こんな文句ではじまる文章を書いたことがある。雑誌のカフェ特集の中のエッセイで、京都時代に出会った、今は無くなってしまったいくつかの喫茶店について書いた。「二度と行けないあのお店」というお題をいただいて、いくつかの食堂を思い出そうとすると、やっぱり80年代に京都で出会った店のことばかりが出てくる。たとえば、河原町通りから蛸薬師を西に数十メートル入ったところにあった「大文字」という蕎麦屋。売りである茶そばの味もさることながら、アールデコを取り込んだ内装が素晴らしかった。壁にある東郷青児の画を褒めると、店主は恥ずかし気に、複製ですと答えていた。レジで代金を支払うと釣りといっしょに駄菓子のようなガムを手渡してくれた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 13 『酔うと現れる店』林雄司(デイリーポータルZ編集長)

銀座に酔ったときにだけたどり着ける焼鳥屋がある。たいてい2軒ぐらいはしごして、午前2時すぎに次の店を探していると現れるのだ。いちど昼に酔ってない状態で探してみたが見つけられなかっただけど、酔っているときは暗い路地に輝くその店が簡単に見つかる。晴海通りよりも西、中央通りよりも北のブロックのどこかだと思っているのだけど、確かではない。店の入口は1階にある。狭くて奥に長い店で、入ると左側に通路、右側にテーブルが通路沿いに二つか三つ並んでいる。奥には厨房とレジがある。その店の名物はフォアグラ。焼鳥のように串にささっている。こってりした味とふわふわの食感。1本でじゅうぶんな濃厚さである。ほかの焼鳥も特に変わったところはないのだが、オーソドックスにきちんと美味しかった。塩でお召し上がりくださいとか、バジルが上に乗っかったりはしてない。ぷりぷりと弾力あって、鶏肉の味がする。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 14『エスカルゴと味噌ラーメン』古澤健(映画監督)

僕の父親はミュージシャンだった。80年代にはレコード会社と契約して、自分のリーダーバンドのアルバムを何枚か出していた。ライブがあるときには子供が起きている時間には見かけなかった。何日も家をあけるときがあったが、それは少し前に「旅だから」という言葉で予告されていた。ライブツアーのことをうちの両親は「旅」と言っていたが、それが一般的な用語なのかはわからない。父のアルバムのひとつには、ツアーでまわった距離をそのままタイトルにした二枚組のライブ盤があり、それくらい「旅」は(その頃の古澤家には)日常だった。父が売れるようになると家にいる時間は減り、だから一番下の妹は父と一緒に過ごしたあまり記憶がない。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 15『祖父の行きつけのクラブ』滝口悠生(小説家)

八丈島は伊豆七島の最南端にあって、東京から行くと羽田から飛行機で四十分ほど、船だと竹芝港から毎日定期便があるが、黒潮を越える関係で高速船の運航ができず、こちらは十時間もかかる。「東京から行くと」と書いたけれど、八丈島も東京都なので、島の人の言い方を借りれば、「内地から行くと」となる。距離にして内地から約三五〇km。勘違いする人が結構いるので念のため付記しておくと、小笠原諸島ではない。小笠原は本州から一五〇〇kmくらいで、もっとずっと遠い。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 16『YOSHIWARA』遠山リツコ(建築設計事務所ケイ・アソシエイツ代表)

'90年代初頭、芝浦にあったクラブ“GOLD”の事を語るとき、その隆盛を知る人であれば誰しも「伝説のクラブだった」と言うだろう。「それまでディスコしかなかった日本に初めて登場した伝説のクラブ」と。では“YOSHIWARA”のことは皆覚えてくれているだろうか。その“GOLD”の中に奥深く潜む隠れ家があったことを。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 17『珈琲家族を忘れない』髙城晶平(音楽家)

この15年ほどで、僕の地元である吉祥寺の街はだいぶ様変わりした。バウスシアターがなくなってラウンドワンやドンキホーテが建った吉祥寺なんて、かつての自分には想像もできなかっただろう。居酒屋やバーにおける変遷も特筆すべきことだろうけど、普段あまり酒を飲まない僕にとっては、とりわけ古い喫茶店の減少のほうを強く実感している。老舗だった『ボア』や『エコー』『ドナテロ』はなくなり、父が学生時代にアルバイトしていた『ボガ』はイタリアンバルになってしまった。最近では、あの素晴らしいパスタとコーヒーを出していた『ダルジャン』の閉店も記憶に新しい。東京のどの街でもそうだろうけど、吉祥寺もまた御多分に洩れず“二度と行けない店”の話題には事欠かない。閉店した店の中で最も僕が訪れていたのが『珈琲家族』という店だった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 18『春の頃、私的最果ての店』内田真美(料理研究家)

随分と前に、ポルトガルに旅をした。東京の写真展にてポルトガルに暮らす方に出会い、そのAさんを訪ね、リスボン滞在後に、ポルトガル最南端のファロの近くにあるオリョンという街に向かった。本来なら、電車で移動するはずが、東京で調べた電車はなくなっていて、どのようにしたらいいか駅であぐね、Aさんに聞いていた電話番号に電話しても通じず、結局はバスでの移動となった。ポルトガルの田舎道は春というのもあって、草花が茂り、オレンジやレモンと思われる木々には実がたわわになっている風景が続く。そのたわわな果実を誰も採るという感じもなく、ポルトガルらしい呑気で穏やかな車窓を眺めつつバスに数時間揺られた。何度か寄った休憩所では、つとめて郷土菓子達を選び、覚えたての「ガラオン・ポルファボーレ」と言うと、大きなガラスに入ったミルクコーヒーが出てくる。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 19『池袋ウエストゲートカツ編』イーピャオ/小山ゆうじろう(漫画ユニット)

東京第二のターミナル・池袋駅西口を抜けた雑踏の中に「あの店」はあった――はじめまして僕たちは以前にWEBマンガ「とんかつDJアゲ太郎」を描いていた者です。「とんかつDJアゲ太郎」は渋谷に住むとんかつ屋の少年がとんかつ屋兼DJとなって活躍するマンガです。「とんかつ」がテーマのマンガということで、連載当時よく2人でいろんなとんかつ屋に取材に行っていたのですが、数ある行った店の中で今でもよく2人で「あの店うまかったよね・・・」という話になる店がありました。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 20「失恋レストラン」吉井忍 (フリーライター)

中国人と結婚し、日中間を行き来する生活を続けていた。数年前の冬、東京から北京に戻ると、夫の様子がおかしい。トイレが長い、目を見て話さない、年末に予約していた熱海旅行をキャンセルしたいと言い出す。日本文化センターの図書館から日本語の雑誌をわざわざ借りてきて、テーブルの上に目立つように置いている。その特集記事が「離婚」。「なんで?」と聞くと、「君、興味あるかと思って」。いや、ないです。1週間ほどしたある日曜日、夜9時ごろ。大気汚染物質PM2.5の濃度が高く、こういう日は早めに寝るに限るので、私はベッドに寝転がりながらノートパソコンで天気予報を見ていた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 21「どん感がすごい」コナリミサト(マンガ家)

「Neverland Diner 二度と行けないあの店で」というこちらのコラムのタイトルを聞いたときぽんと思いついたお店がある。実家から車をぴゅんと走らせたところにある「ステーキのどん」だ。「ステーキのどん」は関東を中心に幅をきかせているステーキチェーン店で看板の「どん」の表記のとこがほんとに勇ましく「どん」としているので看板をみるたび「どん感がすごい」と感服していた。小学校の頃の家族4人揃っての外食はもっぱらここの店で、父が仕事を納めたのであろう日は小祝いを兼ねてなのかぴゅんとこの店に行くといった流れだった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 22『土曜夜 新宿 コマ劇近くで』永島農(2017年より荒木町にて紹介制ワインバー HIBANA開業)

その時は都心の高級老舗イタリア料理店で下働きをしていた。上司や先輩にタメ口で喋る一番年上の「M」さんと、僕も顔が濃いのだが、さらに顔が濃すぎて日本人に見えない「S」さんの下で働いていた。その日は土曜日で営業はあまり忙しくなく、Mさんが焼肉に行こうと言い出した。僕は都下の実家にいた為に先輩の誘いがあると必然的に始発まで時間を過ごさねばならない。レストランの営業後なので飲み始めは24時頃になるから。翌日の定休日の日曜は地元の先輩の結婚パーティーが六本木で昼頃からあるので断りたかったが、昔は先輩の誘いはそういうわけにもいかなかった。ま、多分奢ってもらえるし頑張って起きればよいかと思い3人で焼肉に出かけた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 23『呪いの失恋牛すじカレー』谷口菜津子(イラストレーター・漫画家)

店に行けないのならば作ればいい! 長年、あの味を思い出しながら牛すじカレー作りに挑戦し続けていた。牛すじを何度か湯こぼしし、柔らかになるまで3、4時間煮込む。店の棚に並ぶ食材の景色、味の印象の記憶を頼りにスパイスを選ぶ。バターで玉ねぎを飴色に炒め、トマトも煮詰まるまでよく炒め、牛スジを加えとろとろになるまで煮込む。完成したカレーは手間暇かけただけあってとっても美味しい。でもあの味ではない…。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 24『本当の洋菓子の話をしよう』石井僚一(歌人)

自分の話から始めるけれども、ちょうど一年くらい前に就職の関係で関東に越してきて、それまではずっと北海道の実家にいた(今は29歳)。バイトに精を出すタイプの学生ではなく、大学卒業後就職が決まらなかった時にはほとんど家に引きこもっていたから、実家暮らしと言えどもお金はそんなになくて、あったとしてもCDや本に費やすのが常だった。そもそも食べることにそんなに興味がないタイプの人間で(ついでに言うと僕が住んでいたのは北海道の江別というところ(いわゆる札幌市のベッドタウン)の住宅街で、関東みたいに昔からありそうなちょっと怪しげな個人経営の店のようなものはあまりなかった。周囲にあるのは飲食店というと基本的にはチェーン店だ。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 25 『北極の雪原で味わった「食」の極限』 佐藤健寿(フォトグラファー)

人よりも多く旅をしているせいで「危険な経験はないんですか」と、よく聞かれる。この旅人FAQみたいな質問に、僕はいつも、これといった答えがなくて困っている(いっそプロフィールに「危険な経験特になし」と書きたいくらい)。アフリカの呪術師に呪われそうになって逃げたとか、タヒチの廃墟で野犬の群れに追いかけられたとか、イランの国境で立ち小便をして警察に捕まったとか、いくらか奇妙な経験はある。しかし例えばブラジルで拳銃強盗に襲われるとか、中東で兵士に拘束されるといった、分かりやすい危険な経験は特にない。だからこういうことを続けてられている。とも自分では思うのだが、聞き手はもっと危険をかいくぐってきた、みたいな話を聞きたいのだと思う。すると不発に終わった質問の次に、だいたいこう問うのだ。「じゃあ、一番美味しかったものは?」

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 26 『六本木シュルレアリスム前夜』和知 徹(料理人)

東京のレストランで働くことが決まり、フランス研修から帰国して直ぐ、白金にあった店の寮に入った。六畳一間の部屋に二人。寝るだけに帰るからと最初は気にしなかったが、相方はサービスマンで帰って来るのが自分より遅く、眠りについたところでレッドホットチリペッパーズをガンガン流されて、よく寝不足になっていた。給料は手取りで八万ちょい。それでも遊びたい盛りだったし、六本木から歩いて帰れるからと、朝まで遊んでそのまま出勤なんてこともざらだった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 27『佐野さん、あのレストランの名前、教えてよ。』九龍ジョー(ライター、編集者)

食のことなんておざなりだった20代前半、一年間だけ築地市場で働いていたことがある。きっかけは……なんだったっけ。4年付き合った彼女にフラれたから、新卒で入った映像制作会社をやめたかったから、いずれにせよたいした話じゃなかった。立川流の落語家になりたくて、当時の前座は河岸修行すると聞いたから、ってたまに人に話してきたけど、たぶんあとからデッチ上げた理由だ。許してほしい。魚のことなんて何も知らなかった。それでもどうにかなった。朝4時に場内に着くと、まずダンベに入った魚の名前と目方をメモする。これなんだろ? あ、ホウボウ。マルにヨ? 養殖か。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 28『東京ヒルトンホテル オリガミ』篠崎真紀(イラストレーター)

父親の仕事の関係で、子供のころはよく赤坂の東京ヒルトンホテルに行っていた。家族4人で年末から新年にかけ宿泊して、隣の日枝神社に初詣にいくことも多かった。ヒルトンホテルは1963年、日本初の外資系ホテルとして開業。障子や蒔絵をつかったシックな和洋折衷は、子供心にも「これが素敵な大人の世界なんだ」と強く影響を与えた。今でもこの世界が一番好きだ。私と弟が子供だったので、よく行ったレストランは「コーヒーハウス オリガミ」。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 番外編『さよなら、アーバン・ウエスト』写真・文 臼井悠(アーバンのママ)

みなさん、こんにちは。スナックアーバンのママです。今回のネバダイ、本当は通常営業の予定だったのですが・・・・。はぁぁ、聞いてくださいよぉぉ、神戸でやっていたアーバン・ウエストという小さなお店がある日突然、急速な地上げからの1ヶ月で立ち退きという衝撃的な展開に!!! はぁぁあぁぁ・・・。なので今回は急遽、番外編としてそのことを書いてもいいですか。てか、こんなことってある?! 地上げ、めっちゃ大変だった!! まさか自分の店が、本当に二度と行けないあの店になるなんて(涙)!

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 29『営業許可のない大久保ロシア食堂の夜』ツレヅレハナコ(編集者)

ロシアには、あまり良い思い出がない。初めて現地に行ったのは小学生で、まだソビエト連邦時代だった。当時、私と兄は剣道を習っており、「短期交換留学」なる制度で1か月ほどホームステイをしたのだ。今も当時も私の興味は食べ物にしかなく、行く前から「世界の食べもの/ロシア編」という週刊「朝日百科」のムックを読みあさっていた。ビーツなる赤いカブのような野菜と肉を煮込んだスープ「ボルシチ」、ひき肉をスパイスとともに炒めてパン生地に詰めた揚げパン「ピロシキ」、そばの実をオーブンで煮込んで作る粥「カーシャ」、ふわふわのパンケーキにサワークリームとイクラ(!)を山盛りにのせて食べる「ブリヌイ」……。ロシア料理など見たことも聞いたこともない時代。一人妄想をふくらませ、剣道の練習の数倍は熱心に「ロシアで食べたいものリスト」をノートにみっしりと書き連ねた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 30『欲望の洞窟』Mistress Whip and Cane(女王様)

10年以上前、新宿でよく飲んでいた。いつも数名で集まって飲んでいたが、その中のひとりに、自分が何をやりたいのか分からないというようなことを話していた時だと思う。突然、「女王様やればいいじゃん」と言われた。そしてその一言で、「ああ、そういうことか」と、それまでのモヤモヤが一気に晴れた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 31『自覚なく美しかった店とのお別れ』佐久間裕美子(ライター)

マンハッタンからクイーンズに渡ったすぐのロング・アイランド・シティに、ファイブ・スターというインディアンのダイナーがある。行かなくなって5、6年になるだろうか。10年ほど前、よく訪れていた。夜遅くまでやっていて、店の前に黄色いタクシーがいつも何台か駐車されていた。となりはバンケット・ホールになっていて、休日にはインド人の結婚式をやっているのを何度か見かけた。カウンターがあって、残りは二人がけと四人がけのブースだった。が、ここにくる人の大半は、おそらく休憩中のタクシー運転手たちで、いつ訪れても一定数のお客がいた。混んでいることもなかったし、客がまったくいないこともなかった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 32『レインボーズエンドの思い出』吉岡里奈(イラストレーター)

美大卒業後、卒業制作の集団での映画製作に疲れきった私は金輪際創作に関わることは一切やめようと在学中からアルバイトしていた蒲田のインド・ネパール料理店のシフトを増やしフリーター生活に突入。ランチタイムに出すカレーセットのデザートとしてマンゴープリンを作るようになり、それをお客さんが褒めてくれた事がきっかけでお菓子作りにハマっていった。インドカレーが好きでインド人、ネパール人スタッフ達も優しくてこんな素敵な職場はないと思っていたのに図に乗って「ちゃんとお菓子を勉強したい」と7年間もお世話になったカレー屋をあっさり辞めてしまった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 33『カレーの藤』松永良平(リズム&ペンシル)

ああ、ここも違ったか、と思う。いつもいつも考えているわけでもない。だけど、たまにメニューに見つけると、もしかしてあの味に近いものがあるんじゃないかとオーダーしてしまう。カレースパゲティ。早稲田大学の周囲にはご多聞に漏れず、学生向けの価格やボリュームを誇る飲食店が居並んでいる。中でも、本部キャンパスの西門を抜けて早稲田通りに向かう路地には、とんでもない名物メニューを持つ店が3軒あった。「三品」の「ミックス」は、皿に持ったご飯の上にカツカレーと牛丼を合体させた超絶アブラギッシュな特別メニュー。「フクちゃん」の「チョコとん」は、その名の通り、豚肉とチョコレートを衣にくるんで揚げていた。そして、「カレーの藤」の「スペドラ」。超大盛りのドライカレーの中央を土手状に固め、そこにカレールーと生卵を落とし込んだものだった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 34『レモンライスのあのお味』劔樹人(ミュージシャン・漫画家)

2000年代、私は大阪市阿倍野区周辺で、モーニング娘。や松浦亜弥などハロー!プロジェクトのオタク(当事は「モーヲタ」などと呼ばれていた)として、仲間たちと日々を過ごしていた。私は大学を卒業したばかりでまだ20代前半だったが、その仲間たちは大体30歳前後。皆未婚どころか付き合っている彼女もおらず、いつも誰かしらが失業している無職保存の法則の中、概ね金もなく将来も見えない状況ではあったものの、夜な夜な誰かの部屋に集まってはDVDを観たり、推しメンの素晴らしさについて議論したりと楽しい毎日であった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 35『週刊ファイトなお好み焼き屋』堀江ガンツ(プロレス・格闘技ライター)

小さい頃からプロレスが好きで、プロレスのことばかり考えていたら、大人になってプロレスライターになってしまった。当然、その途中経過である大学生活もプロレス一色だった。というか、宇都宮から東京の大学に進学したのも、東京でプロレスを生観戦しまくりたい、という決して親には言えない(だけどバレてる)理由なのだから当然だ。大学に入ったら、すぐにプロレス研究会に入ろうとも思っていたが、残念ながら僕が入った大学にプロレス研究会はなかった。ないなら作ればいい。ボクは『週刊プロレス』の「文通希望」欄にある「FC情報」というコーナーに以下のような投書をした。「プロレス観戦サークル『ファイティングネットワーク』を立ち上げました。当方、大学1年生の19歳。同年代のプロレスファンの方、男女問いません。一緒にプロレス観戦を楽しみましょう」

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 36『山口お好み屋』見汐麻衣(歌手/ミュージシャン)

母が40代、私は11歳だった。母はいつも唐突に私を連れまわすことが多かった。昼は競艇場の舟券売り、夜はスナックを経営し、24時間働いていた母と、親子の時間、会話などの思い出はあまりない。あるのは、母と、母の友人達に連れられ贅の限りを尽くした料理を食べさせてもらっていた記憶。夜中に突然「焼肉食べにいくけん」なんてこともあったし、「鰻ば食べたか」「蕎麦寿司の美味しい店があるったい」「寿司屋行くよ」と、深夜早朝関係なく、まいど訳も分からず車に乗せられ気づくと知らない場所、知らない店にいる。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 37『深夜のドライブと恵比寿ラーメン』小宮山雄飛(ホフディラン)

子供の頃の食べ物屋さんの思い出というのは、味じゃないんですよね。子供の頃って、そもそも食にそんなに興味ないじゃないですか。味だけなら、丁寧に作られたお店の味なんかより、むしろスナック菓子やカップラーメンの方が美味しいと思ってしまう年頃ですから。子供時代のお店の思い出というのは、味よりもそこのお店に行った行為そのものの思い出というか、家族みんなで行ったから楽しかったとか、旅行先で行ったからワクワクしたとか、つまりは”体験”としての思い出なんでしょうね。恵比寿にあった、その名も『恵比寿ラーメン』は、僕にとってまさしく体験としての思い出のお店です。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 38『ばってらと調製豆乳』朝吹真理子(小説家)

あのこいつもばってら買いに来るね、とまで言われていたかはわからないけれど、小学校からの帰り道、よくおやつにばってらを買っていた。学校は当然買い物を禁止していたはずだが、電車に乗って小学校に通っていた私は、最寄り駅に着いたら何をしてもいいことに勝手にしていた。ばってらください。定期券入れから小銭を出して待っていると、おばさんがパックを手早く紙で包んで、渡してくれる。ランドセルを背負ってばってらを頼む子供が珍しかったらしく、買わない日でも、軽い挨拶を交わしたりした。家に帰ると、煎茶を淹れてもらって、魔法少女クリィーミーマミのレーザーディスクをみながら食べた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 39『謎のカレー屋の店主は、空の雲を自在に操った』吉村智樹(ライター)

僕は「超能力」というものに強い関心がある人ではない。そこへさらに宗教やスピリチュアルの要素が加われば、うさんくさく感じ、できるだけ遠ざかろうとしてしまう。しかし……実際に「あれ」を見せられてから、超能力の存在そのものは否定できなくなった。かつて千葉県成田市に存在した「王様の蔵」というカレー屋さん。そこのオーナーのTさんが、僕の眼の前で、指先で、空に浮かぶ雲を自在に操ったのだ。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 40『孤独うどん』ケイタタ(写真家、コピーライター)

住宅街の急な坂道の真ん中にその店はあった。自転車からみんな下りて歩くほどの急な坂道だった。小学校低学年のときは駄菓子だった。高学年になると文房具屋になった。中学校になるとクリーニング屋になった。立地が悪いからだろう、店はすぐに変わった。高1のとき、うどん屋になった。『たか乃』という屋号だった。30半ばぐらいのおっさんがやっていた。恰幅が良く、いつも裸の大将のような白いランニングシャツを着ていた。ヤノマミ族のような髪型をしていた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 41『道玄坂を転がり落ちた先の洞窟』スズキナオ(酒場ライター)

数年前まで、渋谷の道玄坂を上りきった場所にあるビルの中のIT企業で働いていた。パソコンに向かい、仕事をしている風を装ってウトウトしているか、どうしても眠気が引かない時は個室トイレにしゃがみ込んで寝る。とにかく眠くて仕方なかった。有能な同僚や競合他社ではなく、私のライバルは眠気だった。なんとか終業時間までたどり着くと、道玄坂を転げ落ちるような勢いで降りていき、いつも「細雪」という居酒屋を目指すのだった。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 42『かけめぐる青春 ~吉祥寺・シャポールージュ~』益子寺かおり/ベッド・イン(地下セクシーアイドル)

どんなに街の景色が変わっても、自分が変わっても、君が特別な存在であることだけは変わらなかった。君も変わらず、ずっとそこに居てくれると思っていたのに…。ああ、私が愛した吉祥寺の「シャポールージュ」よ! ともに青春を生きた、心の友よ。どうしていなくなってしまったの…。――想いを綴り始めたら、Romanticが止まらなくなり、クサくて稚拙な深夜のラブレターみたいになってしまった。大変お恥ずかしい。穴があれば入れたい…いえ、入りたい心地だが、ここに赤裸々な記憶を記しておきたいと思う。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 43『ずっと、チャレンジャー。』中尊寺まい(ベッド・イン)

あの頃の私、22歳。とにかく、家を出たかった。家庭にこれといった大きな問題があったわけではない。母子家庭ながら、周りの大人たちのおかげでひもじい思いをしたことは一度もなかった。ひとりっ子だったし、なんだかんだ欲しい物は買ってもらえていたし、おやつとかお菓子とか、生まれてこの方分けたことなんてないし、ふかひれの姿煮を白いごはんに乗せてクチュクチュして食べさせてもらっていたし。父がいなかったからといって、それを悲観したこともなかったし、家族と大きな喧嘩をしたこともなかった。ただ、その分ずっと家族に気を遣っていたから、そんな中途半端にお利口な自分と付き合っていくのが、もうだるくなっていた。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 44『新宿、サグ・パニール、恋。』小谷実由(モデル)

カレーが大好きだ、物心ついた頃からずっと。毎日お昼ご飯がカレーでもいい。毎日お昼ご飯はカレーがいい。幼少期、保育園の給食のメニューは毎週金曜日が必ずカレーだった。ちなみに木曜日は麺類。たとえミートソーススパゲティが出てみんながワイワイ喜んでいても、私にとってそれはカレーが近づいてくることを感じさせるプロローグに過ぎなく、気持ちは翌日のカレーへと華麗に奪われていた。そんな幼少期を過ごして大人になったいま、私の好きなカレーはインドカレー。一番好きだったカレー屋さんは今年の4月末、45年の歴史に突然幕を閉じてしまった。

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電気の街の、わくわくうさぎランド

新・秋葉原の中心部に2月10日オープンしたばかりなのが『CANDY FRUIT うさぎの館』。その名のとおり、うさぎがいっぱいいる館なんです・・しかも動物のうさぎと、人間のうさぎが。猫カフェというのはよく聞くけれど、うさぎですか・・と絶句したら、連れてってくれた友達によると、すでに東京だけで10店以上、なぜか横浜にはさらに多くの「うさぎカフェ」が盛業中だとか。

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新連載 くいだおれニューヨーク・アンダーグラウンド 01 PUNJABI GROCERY & DELI(写真・文 アキコ・サーナー)

美大卒のデザイナーだったはずなのに、いつのまにか料理の世界に足を踏み入れて、いつのまにかニューヨークに移住したと思ったら、ユニークなケイタリングのプロジェクトを始めたり、ロウアーイーストサイドにレストランを開いたり。すっかりプロの料理人になっていて、こないだ久しぶりに会ったら、「ニューヨークはレストラン高いし、混んでるし最低! でも地元民しか知らない、気楽ないい店もまだあるんだよ」と言われて、じゃあ教えて!というわけで始まるのがこの新連載。不定期ではあるけれど、オシャレな雑誌やWebのニューヨーク特集にはぜったい登場しない、安くて美味しくてファンキーな(これが大事!)、取っておきの店にお連れします。さあ、きょうはなに食べさせてくれるんだろう!

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酒を聴き、音を飲む ―― ナジャの教え 03

地元の人間がさまざまな感情を込めて「尼」と呼び習わす兵庫県尼崎。ぬる~い空気感に包まれたこの地の周縁部・塚口にひっそり店を開く驚異のワインバー・ナジャ。関西一円から東京のワイン通、料理好きまでが通いつめる、しかし旧来のフランス料理店や高級ワインバーとはまったくテイストのちがうその店の、オーナー/シェフ/ソムリエ/DJが米沢伸介さんだ。独自のセレクションのワイン、料理、音楽の三味一体がつくりあげる至福感。喉と胃と耳の幸福な乱交パーティの、寡黙なマスター・オブ・セレモニーによる『ナジャの教え』。第3夜となる今回は華やぐ春の宵に、かすかな狂気の香りをブレンドしてくれた。

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サナトリウムで一服

福岡市美術館の常設展『彫刻/人形』に作品を提供していた地元・福岡のアーティスト/造形師・角孝政。毎週末に福岡郊外の『不思議博物館』館長として君臨していることはすでにご報告済みだが(2012年10月24日号)、その不思議博物館がまさかの分室『喫茶/ギャラリー サナトリウム』を6月1日にオープン! しかも場所は天神の駅から徒歩1分! 市美術館を訪れたその足で、さっそく表敬訪問してきた。天神駅を出て、ほんとにすぐ。飲食店や風俗店がごちゃごちゃかたまり、ビルの壁はグラフィティだらけ。猥雑な街の、1階がパチンコの景品交換所、2階は長年潰れたままのキャバクラという猥雑なビルの3階に、そのサナトリウムはあった・・・。

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新連載! Neverland Diner 二度と行けないあの店で 01

誰にでも、二度と行けない、あるいは、二度と行かない、あの店がある。インスタ映えとか、食べログ3.5点以上!とかのおかげで、わたしたちの最近は「どこに新しいお店ができて、あそこのあの料理は最高に美味しくて、あの店にまだいってないの?」ということばかり。そりゃ人生、できたら美味しいものばかり食べていきたいけど、でもそれより、「どこにあるかわかんねー」とか「もうなくなっちゃったよ」とか「事情があっていけない」とか「やらかしていけない」とか「くっそまずくてもう行かねえ!」とか、そういう誰かの二度と行けない(行かない)店のほうが、よっぽど興味がある。これから1年と少しをかけて、そんな「あの店」を集めた連載を始めます。どの店もドアを3cmくらい開けて、覗き見したくなるに決まってる。残念ながら、行けないんだけど。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 02『羽田の運河に浮かぶ船上タイ料理屋』矢野優(編集者)

そのタイ料理屋は、羽田空港に近い運河に停泊した大きな船の中にあった。船まるごとがレストランだった。辺りは薄暗く人通りがなく、船内に吊られた裸電球の黄ばんだ光で運河上に浮かび上がる船は、まるで映画のセットのように忽然と姿を現した。何十席もあったのに、客は僕と友人の2人しかいないようだった。たしか1990年代中程のことだった。その船上タイ料理屋に連れていってくれたのはA君という友人だ。

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Neverland Diner 二度と行けないあの店で 04『もう二度と味わえない、思い出の「1セット」』パリッコ(ライター)

「酒場ライター」なんて肩書きで、お酒や酒場についての原稿を書いて生活させてもらえるようになった現在の状況、そうなるまで、目指したことも、考えたことも、一度もありませんでした。全てはなりゆき。が、酒を飲むことが人一倍好きだという自負は、酒の味と楽しさを覚えて以来全く変わりません。一風変わった音楽を作ったり、漫画を描いたりといった活動をもう20年近くも続けているので、そういう分野から知ってくれた人は当然、僕のことをいわゆる「サブカル」に属する人間だと判断するでしょうが、自分には何かのジャンルに対する深い造詣もなければ、リスナーや読者としての人並み以上の情熱があるわけでもない。しかし、こと「飲酒」に関してだけは、心の底から好きだと断言できる。未知の酒場に入る前の無上のワクワク感。新しい飲み方を思いついた時の異常な興奮。まさに、人生を捧げて惜しくないと思える唯一のジャンルが、自分にとっての酒なのです。

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くいだおれニューヨーク・アンダーグラウンド 02 SPICEY VILLAGE(写真・文 アキコ・サーナー)

だれにも人に教えたくない大好きなレストランというのが、1つか2つはあるもの。今日紹介する店は、私が週1通っているお気に入りの店で、実はあまり人に教えたくない店である。というのもここ最近、雑誌などにぼちぼちとりあげられ、週末の7時になると列ができるほどになってきているからだ。ただ私が行く時間帯、ほぼ昼前はかなりすいていて、日本のみなさんには、今回こっそりと教えることにしよう。ここはNYに来たあかつきには、是非とも足を運んでほしい店だから。

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ニューヨーク、ふたつのチャイナタウン満腹回遊記(文:スナック・アーバンのママ)

生まれて初めてニューヨークに行ってきた。これまで、アメリカに行く機会はめちゃくちゃあったはずなのに、選択肢があればヨーロッパを選んでしまってたし、後半にいたってはもっぱら、早くて安くて美味しいよ♪な東南アジアばっかり旅していた。でも時が来てしまった・・、わたしがNYに行く時が来てしまった・・・。ちょうどNetflixでやっていたトランプのドキュメンタリーも見たし、滑り込みで「さよなら、僕のマンハッタン」も見に行って、やたらTwitterで上がってきたDA PUMPの「U.S.A」も聴きこんだし、準備は完璧。で、せっかくだから、NYで暮らす最高の先輩ふたりに、ちょっとおもしろいごはん屋さんに連れてってと頼んでみたら、結果、全く違うところにあるふたつのチャイナタウンを味わうことになった。どちらもすごくおいしくておもしろかったので、この場を借りてリポートします! またしてもメルマガ史上最ゆる記事になりそうですが、箸休めにどうぞお付き合いください!

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くいだおれニューヨーク・アンダーグラウンド 03 潭頭王記魚丸店(写真・文・調理 アキコ・サーナー)

振り返れば3年ぶりとなってしまった、アキコ・サーナーさんの「くいだおれニューヨーク・アンダーグラウンド」。そこでちょいと趣向を変えて、アッコさんお勧めの一軒に連れて行ってもらったのち、その店の名物を自宅で再現してもらおう!という、チャレンジングな企画にしてみました。世界一のフード激戦区ニューヨークを舞台に、自分のレストランやケータリングで活躍してきたアッコさんならではの記念すべき復活第1回は、今年6月13日号「ニューヨーク、ふたつのチャイナタウン満腹回遊記」で紹介した潭頭王記魚丸の名物ピーナッツヌードル! 見て、読んで、作って、食べてください!

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BOOKS

ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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