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AFTER HOURS
編集後記

2013年02月20日 vol. 055

今週も長々とお付き合い、ありがとうございました! 感想、どしどしFacebookページまでお寄せください。

先週11日に仙台で開催されたトーク&ライブの模様を、今週はお伝えしようと思っていましたが、それは来週に回させてもらって、今週は岐阜のスクラッパーで思い出した台湾の老スクラッパーのお話を。


2007年だから、いまからもう5年以上前のことだが、台湾にいるという「94歳の現役スクラッパー」を訪ねて、『IDEA』誌の連載記事にしたことがあった。その記事はのちに単行本『デザイン豚よ木に登れ』(2009年、洋泉社刊)に収録されたので、読んでいただけたかたもいると思う。

そのとき94歳だった黄春益(ファン・チュンイー)さんは、80歳を越えてから女体グラビア・スクラップの道に分け入り、すでに数十冊のスクラップブックを積み上げるまでになっていた。

それが今週紹介した山腰主税くんの未来を・・というのは簡単すぎる発想だろうが、こうやって世界のいろいろな隅っこで、ひたすらハサミやカッターナイフやスティックのりを握りしめて、ひとりだけのエロ・グラフィック宇宙を生み出しつづける男たちがいることを知るのは、なんだかすごくうれしい。


その黄春益さんは、この正月に台湾を訪れたおりにうかがってみたら、いまから4年前に亡くなったという。僕が訪ねてから1年かそこらで、この世を去ってしまったわけだ。悲しいけれど、95か96歳だったのだから、まあ幸福な大往生だろう。

きっと極楽でも天女のグラビア・スクラップに励んでいるであろう黄さんの冥福を祈りつつ、まだ記事を読んでいないかたのために、黄さんのお話をここに再録する。岐阜の若きスクラッパーと併せてお読みいただけたら幸いである。


切り抜かれた極楽――94歳の現役スクラッパーを訪ねて

「94歳のお達者じいさん、元気のもとは美女の切り抜きスクラップ」という小さな見出しに、目が釘付けになった。

アラスカの小さな町のカフェ。テーブルに置いてあったフリーペーパーの、<世界のおもしろニュース>みたいなセクションにその記事が載っていた。雑誌や新聞に印刷された美女の写真を切り抜いてはスクラップブックに貼りつけている老人が台湾にいて、点数がすでに10万点突破!なんだという。奇人変人扱いの文章の行間から、そこには確かなアウトサイダー・アーティストの匂いが立ち昇っていた。


ウェブサイトをサーチしてみると、中国系通信社が発信した、もう少し詳しい記事が見つかった。黄春益(ファン・チュンイー)さんというその老人は、台湾北部の登園県に住み、いまも元気に切り抜き生活を続けているという。急いで台北の友人に連絡を取り、老人を捜してもらって、翌週には台北行きの飛行機に乗っていた。

台北市内から北に向かって1時間半、深い緑の山あいに、桃園縣大渓鎮という小さな町がある。もとは商店だったのだろうか、間口の広い家屋の前に車を停めると、そこが黄一家の住まいだった。


黄老人は1912年、ここ桃園縣で生まれた。男5人、女2人の7人兄弟の末っ子だった。

家業の農業を手伝いながら、「できる仕事はなんでもやって」、40代になってからこの地で食堂を開業する。それからしばらくたって、中国山東省出身のご主人と日本に渡って、倉敷駅前で中華料理店を営むようになった娘さんを手伝いに、1968年来日。50代も半ばを過ぎて、岡山と台湾を行き来する生活が始まった。


岡山の厨房時代

繁盛する中華料理店の厨房で忙しく働くかたわら、黄さんは日本の雑誌に載っている美女たちの写真に魅了されるようになった。「いまはあたしの娘夫婦に店を任せて、あたしもこっちで引退してます」と元気に笑う、黄さんの娘さんによれば、「はじめのうちはね、雑誌を集めといて、そのまま台湾に持って帰ってたんですよ。だから荷物が26キロとかになっちゃって、重くてかなわない。そんなんで必要な(笑)ページだけ、切り取って持って帰るようになったのね」。


台湾にいたころはそんなことしてなかったのに、と娘さんも不思議がるが、とにかく黄さんの美女ページコレクションは年々増えていき、食堂の仕事をすっかり引退した12年ぐらい前から、「写真を切り抜いてスクラップブックに貼りつけるようになったんですよ」。

えっ、まだそんなもんなんですか、と驚くと「それもね、最初は日時も入れないで、ただ貼りつけてただけ。それで2年ほどたってから、いつ作ったかわかるようにしといたほうがいいわよって、日時も入れるようにしたの」と教えてくれながら、娘さんが案内してくれた倉庫には、切り抜きですっかり分厚くなったスクラップブックが山積みになっていた。


倉庫の片隅に、無造作に積み上げられたスクラップブック

「いったいどれくらいあるのかしら、このほかにも段ボール箱につまってる分があるから」というスクラップブックの壁。切り抜かれた画像の点数はカウント不可能だが、「まあ10万点は超えるでしょう」。

貼り込みによって分厚くなったスクラップブックを何冊か、そっと取り出して広げてみる。実際に見るまでは、無地のスクラップ用ノートブックかファイルに貼ってあると思ったのだが、開けてみるとそれはさまざまな雑誌をそのまま「台紙」として、印刷されたページの上に切り抜いた画像を貼りつけてあるのだった。

洋服やアクセサリーの写真が満載のファッション雑誌がある。芸能雑誌もあれば、農業研究みたいな文字ばかりのものもある。性器がモロ出しの中国版プレイボーイやペントハウスまである。そのどのページにも、きれいに切り抜かれた女性たちの写真が乗って、台紙のページとスクラップ画像のコラージュといったおもむきだ。


「お父さんは女の人しか興味がないの。だから男はいないでしょ」と娘さんの言うとおり、切り抜かれた人物はほとんどすべて女性だけだ。輪郭に忠実というより、バイオリンかヒョウタンのように滑らかなカーブを描いているのは、「長い髪の毛が好きじゃないの。だから全部切り取っちゃう」。好みのタイプは「和服を着た日本女性とヌード、体型はスマートなのがいい」。

それにしても、これだけ素材を集めるのは大変でしょうと聞いてみたら、「いまは村の人たちがみんな知ってるから、読んだあとの雑誌を持ってきてくれるんです。だからお金かかるのはノリだけ。でもノリといっても、多いときには一日ひと箱使いますから」。

えっ、ひと箱ですか、ひと瓶じゃなくて?

「そうなんですよ、まあ見てください」と案内されてリビングルームにお邪魔すると、一角に設えられた作業机にかがみこんで、黄老人がスクラップに没頭していた。


黄老人のワークスペース

机上には、なるほどノリがたくさん用意され、その脇に大小さまざまなサイズの紙箱が並んでいる。中には切り抜かれた大量の女人画像。「小さい写真は小さい箱、大きいのは大きい箱に」というぐあいに、少しずつサイズの異なる画像が工場の部品棚のように仕分けられている。


これがデスク上のフォルダだ

老人の目の前には貼り込み作業中の雑誌が広げられ、箱から1点ずつ切り抜きを取り出しては裏返し、しっかりノリをこすりつけ、貼りつけたあと、愛おしむように何度か画像の上を手の平で撫でつけている。文字が多いページには大きめの切り抜きを全面に乗せ、もともとヌードや水着写真が印刷されている、いい感じのページには、余白部分を小さな切り抜きで埋めていく。もとのレイアウトが密度の高いものであればスクラップは控えめだし、スカスカのレイアウトであれば大胆に画像を乗せる。グラフィック・デザインのレベルが、そのままスクラップの量に比例しているのだ。


たっぷり集まったネタを、雑誌のページ上に配置していく

「朝から晩まで、ご飯食べるほかはずーっとこれ、やってるんです」と言うとおり、無遠慮に写真を撮りまくり、耳元でしゃべる僕らがそこに存在しないかのように、老人は脇目もふらず作業に没頭したままだ。ハサミを操る指先にはいささかの震えもないし、いまだにメガネいらずの視力。「ただねえ、前はよく散歩してたんだけど、スクラップを始めてから、ずーっと座りっぱなしでしょ。足腰が弱っちゃって」と、娘さんはそれだけが心配なようだった。


ひとつずつ丁寧に貼り込んでいく

あと6年で100歳になる老人が、僕の目の前でヘアヌードの女体を、和服姿の黒木瞳を切り抜いては貼りつけている。夜遅くまで作業が続くことは珍しくもなんともなくて、アカデミー賞など雑誌に美人がたくさん載る時期は「徹夜するぐらいの勢い」。そして現在のお気に入りは「キャメロン・ディアスとペネローペ・クルズ」。往年の名女優とかじゃなくて、ちゃんと現役で最先端を追いかけているところが、素晴らしいじゃないか。


たくさん写真を撮らせてもらって、お話も聞いて、土地の名産だという採りたてのグアバやタケノコまでお土産にもらって、最後に「作業のお邪魔をして申し訳ありませんでした。どうかこれからもお元気で」と耳元に声をかけ、たくましい腕にそっと触ったら、黄老人は一瞬だけ顔を上げ、こちらに向かって微笑んでくれた。

こういう人が先にいてくれるからこそ、僕らも道なき道を走りつづけられる。急いで無理やり台湾に飛んできて、ほんとによかった。


デザイン豚よ木に登れ

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BOOKS

ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

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ROADSIDE LIBRARY vol.001
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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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